ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

「問いそのものが答であり、考えること自体に意味がある」『さよなら原発』ステッカー版画家江崎満さん

2013年03月27日 | 日本とわたし
江崎満さんは、わたしのだぁ~い好きな版画家さん。
フェイスブックで知り合うて、時々アホなこと言うたり、まじめなこと言うたりして、遊んでもろてる。
彼の版画からは、いきものの命が浮き出てくる。
彼の版画を、たとえパソコンの画面上のものであっても、じぃっと見つめてると、わたしもいきものの仲間であることが、嬉しくなってくる。

その彼が、自宅を囲む森に降り積もった雪を見ながら考えたことを、文字にしはった。
それをここに紹介させてもらいます。

ブログ『江崎満の小さな不思議』より

この冬考えたこと



この冬、雪に埋まり、降る雪を眺めながら考えたことがある。

それは、「日本人というのはどんな民族なのか?」である。

年末の衆議院選挙で、自民党が圧勝したが、それは、小生にとってショックな出来事だった。

福島の、今だに、仮設住宅に住み続けることを余儀なくされている多くの人たち、
年間20ミリシーベルトという線量の中で暮らさざるを得ない、多くの若い人たちや子供たち。

第一原発は、収束どころか、汚染水は海に垂れ流したまま、メルトスルーした核燃料がどうなっているのかすら分からない状況であり、
4号機の使用済み核燃料プールは、極めて危ない状況をかろうじて保っている、というのが現状であって、
世界中がそれを心配している。
知らないのは当の日本人くらいだ。

要するに、まだ何も解決していないのである。

そんな福島のことも、原発のことも捨て置いて、ただ経済を活発にする、と言う演説に終始した自民党である。
戦後、70年もの間、政治を独占し、みんなの知らない間に原発を54基も作り、原子力村という、強固な既得権益構造を作って来たのは自民党であり、
勿論、原発推進、これからも作り続けるという、その自民党が圧勝したのだ。

確かに、民主党はだらしなく、新しい政治に期待した国民を裏切り続けたが、70年かけて構築して来た体制を、たったの3年で変えられるわけはないのだ。
ともあれ、信じたくもないが、自民党の圧勝、それが事実である。

一体我々日本人は、何を考えて生きているのか?
どんな民族なのか?
それを考えざるを得なかった。
というより、そのギモンが沸々と湧いて来るのをどうしようもなかった。

昨年春、毎週金曜日に、原発に反対する人たちが路上に溢れ、首相官邸を包囲した。
回を重ねる度に、人々の数は増えていき、8月の、大江健三郎氏らが呼びかけた集会には、10万人以上の群衆が全国から集まった。
このデモは、組織の動員ではなく、個人個人の意志によるもので、実に安保闘争以来40年ぶりの正当なデモであり、新しい国民の意思表明の動きであり、それは全国各地へと広がっていった。
想像するに、具体的にデモという行動に出ないまでも、原発を止めようという意志を持った人たちは、デモに参加した人の何倍もいたに違いない。
事実、原発賛否のパブリックコメントの結果も、国民の80パーセントが原発反対だった。

それほど福島の事故は、我々国民にとって衝撃だったし、大きい問題だった。
しかし、選挙の結果を見る限り、そんな国民の意思は、声は、何処へ行ったのか?
全く反映されていないし、うまく圧殺されたような気すらする。

投票前から結果は分かっていた。
組織票である。
しかも、50パーセント以下の投票率。
一応当選した数は圧倒的であっても、これが圧勝といえるのか。
なんだか選挙制度自体怪しく思えてくるし、組織票で投票前から結果が分かっているというのは、どう考えても悲しい。
そこに、国民主権や民主主義というものは存在しない。

いつしか我々は、自分の頭でものを考えることをやめ、魂を何かに売り渡したのだろうか?
それとも、もともと自分の頭で考えるのが苦手で、権力者の考えたことに安易に同調し、浮かれ騒ぐ民族なのだろうか? 
少なくとも、戦時中はそうであったように思えるし、そんなところは、その後反省されることもなく続いて来たようにも思え、それが、原発を54基も作った要因なのかも知れない。

戦後、我々の親の世代は、高度経済成長を成し遂げ、国中が中産階級になった。
その後の団塊の世代、それにつづく我々の世代は、自分の世代のことしか考えない一代主義が蔓延したように思う。
要するに、物質的豊かさを甘受し、その暮らしに埋没していったのだ。
原発はトイレのないマンションといわれるが、解決のつかない核のゴミの問題を棚上げしたまま、将来に丸投げし、イケイケで原発を作り続けたわけである。

現在、ヒロシマ原爆がばらまいた放射能の、120万発分の核廃棄物が、各原発や六ヶ所村に溜まり続け、満杯状態だと言う。
現代の科学では到底処理は不可能とされ、地下に埋めて300年間管理するしかない、という結論らしいが、その最終処分場さえ決めることができずにいる。

たとえ電気が足ろうが足らなかろうが、安全だろうが安全でなかろうが、その前に、溜まり続ける核のゴミの問題が、我々の前に立ちはだかっている。
原発を作った我々の世代で解決出来る問題では到底なく、われわれの子供たち、孫たち、ひ孫たち、そのまた孫たちと、将来何百年にわたって、核のゴミを受け渡していかねばならないのだ。

この問題は、議論の余地がない。
にもかかわらず、まだ原発を作り、推進しようとしている人たちがいて、残念ながらその人たちが権力を握り、それを支え許す国民たちが沢山いる。
その事実・・・・・。
一体われわれ日本国民は、何を考えて生きているのか?

我々子供を持つ親は、子供をいい大学に入れ、大企業に就職させることが子供にとっての幸せだと信じて、そのことに熱狂して来た。
もう呆れるほど過保護な熱狂ぶりである。
しかし、企業という組織に入りサラリーマンになることが、本当に幸せかどうか。
確かに、暮らしの安定は手に入るのだろうが、それと引き換えに何かを失ってはいないか。

はっきり言って、日本の大企業には、個人の自由はない。
日産藩、トヨタ藩、というように、封建社会そのものだと思えるし、大企業になればなるほど、自由度は失われてゆく。
実際、大企業にいては、原発反対などと、声に出して決して言えないのだ。
大企業だけでなく中小企業も、多かれ少なかれ同じであろう。

今、興味深い人の一人に、安富歩という人がいる。
彼の眼差しは鋭く説得力があり、面白い。
彼の言葉の中に、「立場主義」というのがある。
社会は立場だけが相互作用して運動していて、人は素材として、立場を作動させるためのエネルギー源になっていて、存在しているのは組織と立場だけ。
要するに、人はいないのだと。

また安富氏は、「魂の植民地化」とも言う。
自分自身ではない世界を、自分自身の周りに作り出して、その世界を生きることを差して言うらしい。
われわれは大人になるにつれて、生きるためにいろんなものを身につけ、そうすることで、何か大切なものをどんどん失い、全てが「仮」になってしまう。
仮面を付けるわけだが、いつしか仮面であることさえ忘れてしまうのだ。

仮面で思い出すのは、いつぞやの元野田首相の顔である。
金曜日のデモが首相官邸を取り巻いていた時、報道陣が詰め寄り、「官邸の外の多くの声をどう思うか?」とコメントを求めると、
「大きい音だな」と彼は言ったのだが、その時の顔はまさに、魂の抜けた仮面の顔だった。
彼ばかりではなく、本来、政治家というものは、強力な仮面を付けるのが仕事なのだろう。

安富氏はそんな「立場主義」や「魂の植民地化」は、戦後日本の在り方だという。
そう考えると、「民主主義」や「国民主権」という言葉が、遠い絵空事のように思えてくる。
組織と立場だけが存在し、民がいないのだから。
政治も、日本のこれからの方向も、民が決めるのではなく、立場が、力関係や利害関係で相互作用し運動してゆく、「立場の生理学」によって決まるのだ。
あくまでも、人は立場の素材に過ぎないのだ。

安富氏の論調は分かり易く、何故今、自民党が圧勝したのか?という疑問に、明解な解答を与えてくれる。
成る程と思うのだが、どこか腑に落ちないものもある。
そんな簡単な話だろうか?と。
分かり易い論理、説得力のある論理というものは、どこか抜け落ちる部分が必ずあるものだ。
頭ではスッキリと納得いくが、体全体では納得出来ない、と言ったらいいだろうか。

親しい友人には、企業に勤め、サラリーマンをやっているものが少なくない。
彼らの顔を思い浮かべてみる。
彼らのカイシャでの顔は知らないが、仮面を被り、立場だけで生きているようには思えない。
彼らは生身の人間であり、悩んだり喜んだりしながら、日々を生々しく生きている。
魂の抜けた人生をやっているとは決して思えないのだ。

しかしながら、安富氏の指摘は確かにそうなわけで、否定などできやしない。
社会的に見れば、概ねその傾向にあることは事実なのだと認めざるを得ないし、
悲しいかな、図らずも我々は、そういう社会を作って来たということだ。

「立場主義」や「魂の植民地化」の問題は、なにも日本だけの話ではなく、産業革命後の先進国と言われる国々の、世界的傾向じゃないかとも思えるのだが、
しかし、日本は、特にこの傾向が強いように思われる。
日本人は長い間、つい最近まで、封建社会の中で生きて来た民族だし、現在の民主主義も、日本人自らが歴史に揉まれ苦労して築き上げたものではない。

その意味ではまだ、人々の中に民主主義が浸透してはいないのかもしれないし、基本的に、藩や組織が好きな民族なのかもしれない。
その気質が、一時期でも、日本を世界第二の経済大国にした原動力だったのかもしれない。

また、「立場主義」「魂の植民地化」の問題は、サラリーマンだけの話ではない。
私のように、何処の組織にも属していないものでも、現代日本という社会、枠組みから外れては生きてはいけない。
「立場の生理学」から逃れることは出来ないし、大人になるにつれて、生きるために、或は自分を守るために、沢山の仮面を身につけて来たに違いないからだ。

原発の問題はエネルギーの問題ではない。
原発がなくとも電気は十分まかなえることや、電力会社が原発を動かしたい理由はただ1つ、会社の経営上の問題(原発を止めたら資産が減り困るのだ)であることは、すでに周知の事実となった。

頓挫したまま展望さえない六ヶ所村核燃料サイクル計画も、廃止にならず継続になったのは、それに可能性や希望があるからではなく、
廃止にしたら、動燃という組織が潰れ、そこの連中や組織から、票や政治資金をもらっている政治家が困るからだ。
企業が倒産することがあるのは当たり前のことだが、電力関係の会社は潰れないし潰さない。
国の将来に関わることより、一つの組織の利害の方が大切らしい。
どう考えてもおかしな話だが、まさに立場の生理学だ。

世界が初めて体験するほどの大惨事であるフクシマ第一原発事故は、福島や日本中、いや世界中に、甚大な被害を及ぼし、今だ多くの人たちに、酷い暮らしを強要し続けているが、
同時に、日本の社会の構造を、これまで権力者たちが表に出さなかった原発や原子力村のこと、電力会社に囲われたマスコミたち、その他様々な現実を、露呈させ見せてくれた。
如何にわれわれが物質的な豊かさに埋没し、目の前のことしか考えない暮らしをやって来たことかということも。

もう一度言おう。
原発の問題は、エネルギーの問題ではない。
人が人として健やかに暮らす権利の問題であり、民が民を回復し、社会をどう再構築するかの問題に他ならず、私が「私」という立場や仮面を脱ぎ捨て、私をどう回復するか?
私がどう生きるのか?の問題なのである。

そんなことを考えていると、原発をなくすなんて、途方もなく遠い話のように思える。
しかし、だからといって諦めるわけにはいかない。

わたしが生きているのを諦めるわけにいかないのと同じように。

生きている限り、自由でありたいと願う。
「自由」とは、自らに由ると書く。
仕事や生きることの根拠が、自分の裡の魂でありたい。
自分という「生命」が弾け、歓こぶことをやりたいと思う。

そう願って生きることが、原発反対運動なのだ。

勿論、私の得意なやり方で、原発反対運動の一端は担っていきたいが、
その具体的な方策は模索中だ。

ともあれ、私が死ぬまでには、
止めたい。

ところで、「日本人というのはどういう民族なのか?」という問いについて、
考えれば考えるほど、茫々と深い問題なのだと気付くわけで、
私の狭い見聞と小さな頭では、明解な答えなど出るはずもなく、
途中経過というか、問題提起くらいにしかならなかったが、
しかし、問いそのものが答えというか、考えること自体に意味があると思われるわけで、
これからも、生きている限り、この問いと付き合っていくつもりである。

また、仮面とは何か?、仮面を脱ぎ捨てるとはどういうことか?、
についても考えてみたが、長くなるので改めてまた。




↑以上、転載おわり

さて、上に載せた、満さん作の『さよなら原発』ステッカーからできた旗。
こんな旗が、町の家々の玄関や、自転車の後ろや、マラソンや散歩を楽しむ方々の背中やお腹で揺れてたら……う~ん、楽しすぎる!
ステッカーは、以下のところで入手できます。
このステッカーを貼った車だらけになったら……みんなが毎日、この『さよなら原発』の言葉を目にするようになったら……うっとりと妄想中。

↓以下、『さよなら原発』ステッカー購入方法の紹介です。

「さよなら原発」のステッカーができました

私たちの脱原発の思いを、版画家のゴロスケさんが形にしてくれました。
 
ハガキ大と写真L版くらいの2枚セットで500円ですが、購入数と送料によって、料金は下記の4通りとなります。

1~19セット    500円×セット数+送料80円

20セット     450円×20セット+送料80円

21~40セット  450円×セット数+送料160円

41セット~    450円×セット数+送料350円


収益は福島の子どもを守る活動にカンパします。

郵便振込用紙に、名前、住所、電話番号、必要セット数、送料合計金額を明記の上、下記までお振込ください。


郵便振替 01770-5-141837
加入者名 「さよなら原発」ステッカーの会


ご入金確認後の発送となります。
ご入金の確認に2~3日かかるため、商品の到着まで一週間から10日前後かかります。

お急ぎのかたは事前にご相談ください。送料が若干アップします。

ご不明な点、お問い合わせ等ありましたら、下記までご連絡ください。

FAX: 0978-52-2065
Email: sayonaragenpatu@gmail.com
    

ちなみに、私たち、アヤシイものではございません。
たくさんの方々の協力を得ながら、山口・大分在住の女性3人で取り組んでおります。

そのうちの一人、広報担当(?)の私はこちらのブログを主に書いております。
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米国『庭の珍客と常連さん』事情

2013年03月27日 | 米国○○事情
「まうみ、ターキーが裏庭にいるっ!」

旦那に叩き起こされ台所に行き、旦那がカメラを構える方向を見てみるも……え?どこどこ?


焦りまくって2階のバスルームの窓から撮る旦那。
網戸がはまってるし、おまけに窓自体がばばちい。うまいこと撮れるはずないやんっ!と、旦那からカメラをひったくり、再び台所へ。

お、出てきた出てきた。


それでもまだ、枝の方に焦点が合うてしまい、七面鳥さんのゴ~ジャスな羽根がうまいこと撮れへん。


おめめがデカイ。


朝日が当たって美しい。


どわぁ~!こっちに出てきた!


どんだけ丸いんっすかっ!


自然ってすばらしい。


後ろ姿も。


お日様でお尻がポカポカ。


一時も止まらず、ひたすらお食事中。


庭続きのカーラの家に近づいていく。


おっと、いっつもうちの庭に遊びに来る、カーラんちの猫ちゃんが……呆然としてる……さもありなん。


あ、行っちゃう行っちゃう!


カーラの家には、いっぱい猫おんねんで。襲われんように気ぃつけや!



興奮さめやらぬまま、玄米パンを焼いて、炭焼きウーロンとイングリッシュブレックファーストの組み合わせのお茶を入れ、食卓でほっこりしてたら……、

もちろんこの方もやってきて、


窓に網戸がはまってるので、メルヘン調になってまう。


それを知ってか知らずか、カワイ子ちゃんポーズ。


こんなんも。


これもどうじゃ。



それにしても、先日のキツネくんといい、今朝の七面鳥さんといい、いったいどこから、どないして、うちまで辿り着いてくれたんやろか……。
ジャングル庭は、野生のいきものがくつろいでくれる。
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北海道幌延町長・宮本明と商工会長・松永継男。事故のほとぼりが覚めるのを待ってる金の亡者

2013年03月26日 | 日本とわたし
核のごみ 権益守る? 最終処分場 町の一握り誘致推進
【東京新聞】2013年3月27日 朝刊



2011年秋、北海道北部にある、人口約2600人の小さな町・幌延町(ほろのべちょう)の飲食店で、町議の佐々木忠光(62)が突然、
「原発の事故があったばかりだぞ。何を考えているんだ」と声を荒らげた。
 
町には、核のごみの最終処分技術の研究をする、日本原子力研究開発機構の、深地層研究センターがある。
佐々木は、センターの、「今後を考える」会に誘われたのだった。
 
「今後を考える」とは、最終処分場の誘致も視野に、話そうとの意味だ。
原発事故の衝撃が続く中、誘致話が受け入れられるとは考えにくいが、こんな動きが出た背景には、相応の理由があった。
 
会の仕掛け人は、町長の宮本明(70)と、会社を経営したこともある、町の商工会長、松永継男(65)だ。
 
センターの研究期間は、01年からおよそ20年とされ、あと10年もすれば、センターは使命を終える。
困るのが、松永と宮本だった。
 
松永が社長を務める警備会社「ほくせい」は、機構に職員住宅一棟を貸し、センターの警備も請け負う。
創業当時は、宮本が取締役を務め、町長に就任したとき、その座を息子に譲っている。
 
宮本が社長を務め、町長就任時に息子に引き継いだ会社「幌延商事」も、機構に職員住宅を2棟貸している。
 
2社が毎年、機構から得る収入は、計3000万円以上。
センターがなくなれば、新たに住宅の借り手を探すのは、極めて難しくなる。
「考える」会への動きは、そうなる前に、確実に借り手がつくよう準備することでもある。
    
            ◇
 
機構から、幌延町内の業者に落ちる仕事の総額は、毎年2億円ほど。
町は、この数字を、センターがもたらす経済効果だとアピールするが、実際の効果は、極めて限定的だ。
 
機構の公表資料によると、12年度に受注した地元業者は、わずか9社。
その内容も、職員住宅の賃貸と運営管理、センターの警備、タクシーの契約、暖房用の燃料の納入など、波及効果が小さいものばかり。
 
しかも、職員住宅は、ほくせいと幌延商事を含め、特定の5社が随意契約を続けており、他社が入り込める余地はまずない
 
その一角を、首長らのファミリー企業が占める状況は、機構との癒着を疑われるが、宮本は、
「契約は、私が町長になる前の話で、何も問題はない」と、意に介す様子もない。
「職員住宅は、建てるのに金がかかったし、修繕費もある。もうかる話ではない」とも言う。
    
            ◇
 
12年4月、松永の、「処分場誘致の、期成会を立ち上げたい」との発言が、地元紙に大きく取り上げられた。
反対派を中心に、強い反発が出たため、現在は、表だった動きはなくなっている。
松永も「しばらくは無理。今は時期が悪い」と話す。
 
ただ、宮本も、町として誘致に乗り出すことは否定する一方、民間で誘致を進める動きは、容認する態度を示してきた。
幌延町は過疎化が進み、産業らしきものがないだけに、福島事故のほとぼりが冷めれば、また、水面下で動きが出始めそうだ。
 
そんな様子に、町民の一人、岡本則夫(66)は、複雑な思いだ。
長引く不況で数年前、経営していた建設会社をたたんだ。
町の活性化につながるかもしれない処分場誘致に、一定の理解は示すが、懸念も感じる。
一部の利害関係者だけで、決めるような進め方では、とても合意は得られない」(敬称略)

<核のごみの最終処分> 
国は、原発の使用済み核燃料から出る、高レベル放射性廃棄物を、地下300メートル以上深い地中に埋める、「地層処分」を実施することを、関連法で定めている。
処分場を誘致する自治体には、地盤の文献調査に応じるだけで、最大20億円を支払うなどの優遇策を提示しているが、進展はない。


ようある話。
こんなんばっか。
これで日本は核のゴミだらけになった。
地層処分なんかやって大丈夫なんか?
自分とこの、息子に引き継がせた会社さえよかったらええんか?
人間、ちっちゃ過ぎて恥ずかしいわ。
そんなクソみたいな欲のために、町に深い穴掘って、永遠とも言える年月の間、猛毒をじわじわとにじみ出してくるようなもん埋めんな!
ど阿呆!
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「原発がなくても電力は足りる!」平松昭子アニメーション

2013年03月26日 | 日本とわたし
ふたつの、原発はいらないというメッセージがこめられたビデオを紹介します。
まずひとつめは、

原発がなくても電力は足りる



原発には反対だけれど、原発を廃止したら日本はやっていけない。
と、考えている方たちへ。

京都大学原子炉実験所、小出裕章氏の、客観的なデータに基づいた主張を元に、一市民の立場から編集した資料です。

小出裕章氏は(昭和47年に)、次世代エネルギーに希望を抱いて、原子力工学の道に入りましたが、
原子力発電の持つ、あまりに大きい不利益に鑑み、以来40年間、原子力発電をやめることに役立つ研究をされている学者です。

その① 水力と火力で十分まかなえる
日本では、全発電量の約3割を、原子力発電が担っているとされ、原子力が不可欠のように考えられてきました。
しかし、水力、火力、原子力、ともに言えることですが、発電所をフル稼働した場合の発電量と、実際の発電量には、かなりの開きがあります。
というのも、発電所設備自体が過剰ともいえる状態で、年間の発電設備利用率は、
水力⇒19%、火力⇒50%であり、まだまだ発電能力には余力のある状態となっているからです。
つまり、原子力発電を止めたとしても、水力・火力発電で、十分補っていくことが可能なのです。

私たちが一般的に聞かされている、全発電量約3割を原子力発電が担っているという情報は、実際の発電量の割合のことを言っているので、
そのことが、原発を廃止できない、などの誤解を生む原因になっているようです。


その② 真夏の昼間にも、水力と火力でまかなえる
電気というのは、ためておくことが難しいので、一番需要が高い時に合わせて、発電設備を備える必要があります。
この観点からも、原子力は不可欠である、とされてきました。
しかし、過去50年間の、最大需要電力量の推移を見てみると、1990年代の一時期の例外を除いて、水力と火力でまかなうことができているということが分かります。
しかも、この、一番電力の需要が高い時間帯というのは、真夏の、数日の、午後の、たった数時間という、極めて特殊な時間帯のことなのです。
一年のうちの、たったこれだけの時間に備えるために、危険な原子力発電設備を抱えるというのは、あまりにリスクが大きいと言えます。
大口需要家に対し、生産調整を依頼するなどの方法で節電していく方が、はるかに効率的です。


その③ それでも電力会社が原発にこだわる理由
ひと言で言えば、原発は儲かるからです。
電力会社が得る利潤とは、電気事業法により、次の式によって算出されるとされ、手厚く保護されています。
【利潤=レートベース(資産)×報酬率(%)】
この式におけるレートベースとは、電力会社の資産のことで、資産が多ければ多いほど利潤も多くなる、という仕組みになっています。
高額な建設費のかかった原子力発電所、都市部までの長距離送変電設備、膨大な核燃料の備蓄施設、ウラン濃縮工場、再処理工場など、多岐に渡る原発関連施設が資産となり、
さらには、研究開発費などの特定投資も、レートベースとして計上され、利潤を膨らませています。

つまり、原発を増やせば増やすほど、電力会社は儲かるのです。


その④ 原子力発電はコストが高い!
政府発表の発電コストによると、原子力発電が一番安価である、と言われてきました。
しかし、これは、あるモデルを想定して計算した結果であって、実際にかかったコストではありません。

立命館大学国際関係学部の大島堅一氏が、エネルギー政策としての見地から、原子力発電の過去40年間の、商用運転で、実際にかかったコストを算出したデータを公表しています。
これによると、水力・火力よりも、原子力が高コストであることがわかります。
しかも、揚水発電を含めると、さらにコストが跳ね上がっています。
揚水発電とは、出力調整の難しい原子力発電の、夜間に余った電力を使うために考えられたもので、約3割ものエネルギーをロスしてしまう、非行率な発電方法なのです。
しかし、原子力発電を選択する以上、この非行率な揚水発電がついてまわるので、原子力発電の更なる高コスト化に拍車をかけているのです。
結果として、この高いコストは、前述した原発の生み出す利潤も重なって、電気料金の高騰を招いています。
そして、諸外国に比べて、著しく高い日本の電気料金は、産業界の競争力までも奪っているのです。

経済性という観点から、メリットはありません。
安全性という観点からは、もう言うまでもありません。
この先、持ち続けるという理由はありません。

16万人以上の方たちをはじめ、広範囲に渡り、多くの人が、将来の不安を抱え続けなければならない状況になっています。
それでも、原発は必要だと言えるでしょうか?
現実を注視して、明確に、答を出すべき時が来ています。
電力会社が大スポンサーとなっているマスメディアが、事実を報道する可能性は、残念ながら低いようです。
個人レベルで情報を集め、自分の価値観を持って、発信していく側になりましょう。

『NO NUKE!』

アニメーション・平松昭子
ナレーション ・もりばやしみほ
音楽     ・FUKI


そしてこれは、台湾で放映されている、原発反対のCMです。



良いものを子供に残す、悪いものは自分が受け取る、それが母親。
悪いものを後世に残す、良いものは自分が受け取る、それが原発。
子どもの未来に、国民投票は必要ない。

媽媽監督核電廠聯盟

台湾の第4原発について、国民投票で、建設の是非が問われることになったとのこと。


わたしの中ではもう、常識となった反原発。
これまでにも、何度も何度も、原発についての呆れ返る話を聞いたり読んだりしてきた。
それでもやっぱり、こうやって時々、おさらいをするのは大切。
人の手に負えるようなもんとちゃう。
あらためてそう思う。
これまでにも、いつかは科学が発達して、なんとかなるからと、未来に重荷を背負わせて、自分らはやりたい放題の快適人生。
50年前の人間が思てた未来って、いったいいつのことやったんやろ。
10年後か?20年後か?30年後か?40年後か?なんぼなんでも、50年後の今ぐらいまでには、核のゴミもなんとかなると思てたか。
ところがどっこい、他のんと違て、こればっかりはどうにもならんかった。
それをいち早う気づいて、とっくの昔に研究をやめてしもたんがアメリカ。
今じゃ、使用済み燃料の再処理を、他の国にもせんように勧めたいからと、再処理せんとそのままガラス固化し、地中のコンクリート構造物で保管する方法(ワンスルー)をやってる。
けどそれも、人の住まん広大な土地があって、そこにおっきな地震が起こらんという確信があってこそできること。

50年もの間、どう頑張ってもやっぱりあかんことに、いったいどれだけの金がばらまかれてきたか。
その金は、なんでこんねん高いんやろかと首をひねりながら、しんどい思いして払てきた電気代にしっかり混ぜ込まれてた。
今も毎日、別に大した仕事もしてへん、日本原燃やら日本源電やらの役員の、毎月何百万もの給料を、みんなは電気代で払てやってる。
どんだけ親切やねんっ!

ほんまに、もうやめさそう。
電源三法(電源開発促進税法、電源開発促進対策特別会計法、発電用施設周辺地域整備法)←この漢字の多さが鬱陶しい!も、やめさそう!
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花見が叶わんかった花見月

2013年03月26日 | ひとりごと
あと十日もしたら、名古屋から、友人と、彼女の娘ちゃん、そして未来のお婿さんが、3人で遊びに来てくれるというのに……さぶいやん……。

けどもとりあえず、今日あたりから、気温がぼちぼち上がってくるらしい。
それでも日中は、10℃前後、夜はまだ1℃から3℃……。

風が強いけど、そのおかげで青い空が見えてきた。


近所の公園を、旦那と一緒に一周してると、小川がなにやら騒がしい。


ものすごい勢いで追っかけごっこしてる。まるで水の上を走ってるみたいに。


ほんまにもう、男子はこれやからやかましい……。


枯れた芝生のところどころに、強烈な存在感を見せるにょろにょろ。


うちも、青空の下ではなかなかのべっぴんさん。


桜のポンちゃん、こんなさぶかったら遊べへん……とストライキ中。


毎年、一番に春を知らせてくれるクロッカス。今年もおおきに!けどさぶかろう……。


春さん、もう4月になりまっせ。
そんな、もったいぶらんと、そろそろ来てちょーだい。
友だちに、ちょっとは花が咲いてるとこ、見せたってちょーだい。
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鮫川村よ、世にも見事な権力の罠、多数決との闘いに負けるな!

2013年03月25日 | 日本とわたし
第三回目・鮫川村青生野地区限定住民説明会開催

鮫川村焼却処分場の建設工事について、理解を得る対象は、建設地・青生野地区の住民のみでよしとする、大樂村長の考えが貫き通されようとしています

忘れてはならないのは、この事業主体は環境省である、ということです。

環境省は、この建設工事については、近隣自治体である北茨城市、いわき市の同意を得る必要がある、と話しているのにも関わらず、
大樂村長主催で行われている、青生野地区限定の住民説明会に、税金を使って、何度も、何人もの担当者たちが、足を運んでいます

これは、青生野地区住民の同意を得られることのみを目的とした、大樂村長の動きに同調していることに他ならないのではないのでしょうか。

http://mainichi.jp/area/fukushima/news/20130322ddlk07040206000c.html

非公開での住民説明会の白紙撤回を求め、反対住民が参加をボイコットした前回の住民説明会の後、大楽村長は、
「過敏な人の不安を払拭(ふっしょく)しないといけない。説明会に出席していただけないなら、試験運転も考えたい」と話しています。

この、3月27日の説明会に、反対住民が出席しないなら、試験運転も考えるということです。

鮫川村青生野地区住民に配布された、説明会の案内をご覧下さい。

前回の説明会で、一定の理解を得られたと考えております』と書いてあります。




秘密裏で進められ、発覚により騒動となった、鮫川村焼却処分場問題。

小さな村で起こっている、焼却による除染事業への、捉え方の違いによる分断は、ますます深刻なものとなっています。

除染と焼却はセットである
除染は必要不可欠であり、この村の未来のためには、除染は早急に進めなければならない
焼却すれば元通りにもどるということは、環境省が言っているのだから間違いない
怖がるだけではなにも始まらない』・・・数々の村長の発言

不安を煽っているネットの情報を、信じないで下さい、という環境省の言葉。

賛成住民の、この事業に賭ける期待の大きさと、反対住民の、何かあってからでは遅いとする不安の声

国策により進められてきた、原子力産業。

安全神話が崩壊した原発事故により、このような問題に直面することになったという原点を、見失っているとしか思えない除染の進め方を、
もう一度、冷静に見つめる必要があるのではないでしょうか。

ここ福島県は、原発震災の被災地であり、大量被曝を強いられ、放射能による影響を受けているのです。

更なる二次汚染について、慎重に見極めたい、という住民の思いを無視し、

発覚しなければ無断で行われていた、この放射性廃棄物の実証実験事業の進め方には、

被災した住民の痛みに、寄り添うつもりなど全くないと、高みから見下ろす環境省の、傲慢な姿勢が浮き彫りになっているのではないでしょうか。


東日本大震災:鮫川・指定廃棄物焼却施設建設問題 説明会で村長「試験運転も」 反対住民不参加なら /福島
毎日新聞 2013年03月22日 地方版

環境省が、鮫川村青生野(あおの)に建設中の、1キロ当たり8000ベクレルを超える放射性物質を含んだ、指定廃棄物の焼却施設建設問題で、
2回目の住民説明会が14日、青生野集落センターであった。
建設計画の白紙撤回を求める住民は参加せず、大楽勝弘村長は終了後、
過敏な人の不安を払拭(ふっしょく)しないといけない。説明会に出席していただけないなら、試験運転も考えたい」と話した。

説明会は、地元住民を対象に、約40人が参加し、完全非公開だった。
環境省によると、山本昌宏・廃棄物対策課長が、故障時の緊急対応マニュアルや、焼却炉の安全確保などを説明。
町は、町議や行政区長などで構成する、監視委員会について説明した。

住民によると、大楽村長は、
環境アセスメントが必要ない小型焼却炉で、地権者の同意で事業を進めてもいいと思った」などと釈明した。
参加者は激励の他、「村全体に、きちんと説明すべきだ」「村会議員が、報道陣を閉め出すのは非常識」などの意見が出た。

説明会を巡っては、地区住民109人(34世帯)が12日、非公開での開催中止を求め、大楽村長あてに署名を提出。
不参加の住民は、
“説得会”を繰り返しても、白紙撤回要求は変わらない。村に住めなくなる前に、税金を使い、秘密裏に建設を強行する、村長の解職請求も考えたい」と話した。


◇「地元紙に書いてもらえばいい」

放射能汚染の拡大や、健康被害への不安が高まる中、情報公開と説明責任が、国や村に求められる。
だが、大楽村長は、説明会終了後、非公開の理由をただした報道陣に、
おれは忙しいんだ。(町にとって都合のいいことだけを)地元紙に書いてもらったらいい。今後も説明会にマスコミは呼ばない」と言い放ち、会場を後にした。【中尾卓英】

↑以上、転載おわり


「おれは忙しい」と、胸を張って言う村長。
環境アセスメントが必要ないけれども、運ばれてくるもんは、1キロ当たり8000ベクレルを超える放射性物質を含んだ指定廃棄物。
普通、考えるやろ、村の長やったら。
こんなもんを、こんなちっちゃい村に持ち込もうとしてる環境省の意図はなんやと。
なによりも、1キロ当たり8000ベクレルを超える放射性物質っちゅうのはいったいどんなもんなんか、必死になって調べたり学んだりするべきやろ。

この人は以前、インタビューに答えて、「いやあ、安全です、安心してくださいっていう説明受けて、7、8割、信じちゃったんだよね~」とか言うてたんやで。
まあ、原子力狂団にとったら、格好の獲物やね、この人は。
そやからこその、白羽の矢やったんやと思う。
たまたまこんな人が村長やった村の住民さんらにとったら、それも、一連の災害や事故を通して、やっと目が覚めた住民さんらにとったら、迷惑どころの話ではないのやけど。

「除染と焼却はセット」であり、
「焼却すれば元通りにもどるということは、環境省が言っているのだから間違いない」のであり、
「怖がるだけではなにも始まらない」と言う、この大樂じいさんの言うことに疑問を持たず、激励の拍手を送る住民さんらがいる。

社会は、多数決で、物事を決めるシステムになってる。
この多数決は、今までずっと悪用されてきた。
というか、悪用するのを誤摩化すための、良さそうに見える代物やったんかとも思う。
数さえ多かったら勝ち。
決める場に居る人間に、今自分らが決めようとしてる事の内容を、深う考えられたりしたらめちゃ困る。
そやし、その数を得るための、極めて巧妙で、広範囲で、確実に成功する洗脳が、長い長い年月の間、行われ続けてきた。
その中の筆頭頭、『贅沢と快楽に慣らせ、自分で考えることは面倒やし意味がないと思い込ませる』

そのおかげで、日本だけやない、贅沢と快楽に慣らされた、思考停止の大人がうじゃうじゃしてる国ができてきた。

一票の格差をなんとかせなあかん。
平和憲法を守らなあかん。
原発は、一刻も早う廃炉を実現させていかなあかん。
米軍基地を、日本から撤退させなあかん。
今だに、高線量の放射線被ばくを強いられてる人たち、特に子供たちを、一日も早う、疎開なり避難なりを実現させて逃がしたらなあかん。
TPPに日本が関わるのを、阻止せなあかん。

まだまだいっぱい、キリが無いほど、わたしらの生きてる社会には問題がある。
それらのいっぱいは皆、多数決という、ほんまは多数決でもなんでもない、権力と金のあるもんが決めるシステムの中に組み込まれてる。
そんな、でたらめで間違うた世の中を変えることができるのは、

実はわたしらひとりひとりの目覚めであり、変化であると、最近考えるようになった。

多数決をこの世から消すことができんのなら、せめて悪用されん大人になる。
そのためにまず、目を覚ますこと。
報道を聞くのやなくて、自分から調べ取り、意味がわかるまで他の媒体も使て学ぶ。
ほんで考える。
考えて考えて、さらに考える。
時間も手間も惜しまずに、考えることを続ける。
これまでの自分は、これまでの社会は、いったいなんやったんやろと。

鮫川村の村民のみなさんひとりひとりが、このことを通じて目が覚めて、考えることが面倒でなくなり、これまで見えてへんかったいろんなことが見え、
多数決の罠にかけて、村に恐ろしいもんを押し付けようとしてる国に、はっきりと「嫌だ」を突きつけることができたら、
福島の一自治体として、多数決の罠にひっかからんかった手本を、全国に胸張って見せられるんちゃうかと思う。
ちっちゃい過疎の村の中に居て、意見を寄せ集めること、集めること以前に、意見を言わせることがどんなに難しいかは、肌身で感じて生きてたから知ってる。
けども、そやから今まではあきらめてきた。
しゃあないと思てやり過ごしてきた。
けど、もう今までの自分とはちゃうと、はっきり自覚してはる人がいる。
そういう人は、なんで自分がこんなことをせなあかんのかと思いながらも、それでもせなあかん。
なんでっちゅうたらその人は、使命を自分から背負た勇気ある人やから。
ほんで、その意思表示がなんであれ、それを見てはる人がいてるから。
それを見た人の心の中に、考える、という姿が焼き付いて、それがいつしか根を出し、その人の頭が考え始める栄養を与えるから。

多数決の罠をぶっ壊そう。
そのためには、国よりまず村長。
あんたは嫌や。やめてもらう。
住民にとって困ること、健康や命に関わるような重大なことを、聞きかじりで得ただけの粗末な知識と己の欲で、ゴリ押ししようとするような首長は、
こんなふうにバッサリ切り落とされますと、全国の自治体の首長に思い知らせたってほしい。

「都合のええことだけを地元紙に書かせたらええんや」と、そんなことを言い切るおっさんは、絶対に辞めささなあかんと思う。
いくら他のことでは、優れた指導力を持ってはっても。

鮫川村の、目覚めて考え始めた人たち、がんばれ!
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桜月の、それはそれは寒い日曜日の午後に

2013年03月24日 | ひとりごと
相変わらず寒い。
肌寒いとかと違て、寒い。
明日はまた雪が降るらしい。
これはいったいどうしたことか。
3月は、またの名を、弥生(やよい)・桜月(さくらづき)・花月(かげつ)・早花咲月(さはなさづき)・ 早花月(さはなつき)・染色月(しめいろづき)・花見月(はなみづき)・桃月(ももつき)・夢見月(ゆめみづき)などというらしい。

いやもう、花見をしようにも、こんだけ寒かったら咲きとうないやろな、花だって。


長男が、クィーンズにある彼のアパートに帰ってった。
たった一晩の帰省。
その間にも、パソコンを開いては仕事してる。
次男も、クライアントからの電話で、土曜日の夜遅くに、なにやら打ち合わせをしてる。
いきなりうちに、働き虫の会社人間がふたり発生した。
そんな息子たちの姿を、旦那は不思議そうな顔して見つめてる。
大学卒業後、風来坊歴4年を誇る旦那から見たら、あのふたりはまさに、エイリアンなんかもしれん。

最近、なにやら怪しい行動が増えたと思てたら、やっぱり新しいガールフレンドができてた次男。
昨夜のお祝い会で、いくら突いても口を割らんかったけど、もうこりゃバレたと観念したのか、昨日の夜遅うに、映画を観に行った帰りに連れてきた。
ずっとこれまで、彼のガールフレンドは、東洋人に限られてたけど、日本人はひとりもおらんかった。
なので会話はいっつも英語オンリー。
長男は、日本人以外の子とは友だち付き合いしてないから、ガールフレンドも日本人。
ところがところが、ついに次男にも、日本人のガールフレンドが登場した。
こちらの大学に通てる、それは可愛い女の子。
残業で疲れて帰ってきた日なんかは、おつかれさまでした、などと書いたクッキーを焼いてくれたりすんねんと、嬉しそうに写真を見せてくれた。
ナマケモノの母は、完璧にノックアウト、場外なんである。


さてさて、この寒い中、ついこないだの金曜日にもろたラッパ水仙の花が、元気いっぱいに咲いてくれた。


黄色い花は、見てるだけで元気が出てくる。特にこのラッパ水仙は、パラッパラッパッパーと、楽しい音が聞こえてきそうやから好き。


自然はほんまに美しい。


わたしもその、自然の一部やということが誇らしい。


さあ、淋しなった時は掃除するのが一番!いっちょやるか!
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「福島のすさまじい現場を見たら、再稼働なんて口にできないはずだ」by 斎藤健治・福島県議長

2013年03月24日 | 日本とわたし


安倍政権の原発回帰方針を受けて、自民党が先月15日に、原発がある道県の議会議長を、党本部に招いて開いた調査会で、
福島県の斎藤健治議長(69)=自民、写真=は、
「事故を収束させず、再稼働ありきなら、一緒に議論できない」と主張、途中退席した。
斎藤氏は本紙のインタビューに、
福島のすさまじい現場を見たら、再稼働なんて口にできないはずだ」と述べた。
(聞き手・伊東浩一)

再稼働 現場見てないから

「原発回帰」に反発、福島県議長

エネルギー戦略を議論した党調査会では、出席者が相次ぎ、原発の再稼働を求めたが、どんな思いで途中退席したのか。
「福島第一原発は、いまだに鉄骨むき出しで、3号機なんか、高線量で近づくこともできない。
原発は、ひとたび事故が起きれば、収束まで何十年かかるか分からないというのに、一部の道県からは、
『今冬は寒く、電力供給が逼迫した。原発再稼働の道筋を示して』などの意見が出た。
再稼働ありきの話し合いには、とてもついていけない」


自分たちの地域の原発でも、いつ同様の事故が起きるか分からないのに、他道県の議長や国会議員から、前向きな意見が出るのはなぜだろう。
「被害に遭った者と、そうでない者の差だ。
頭では危険だと分かっていても、実際に現場に来て、被害のすさまじさを見てないから、再稼働しようということになる


議長自身、震災までは、原発推進派だったが。
「震災前日まで、県連幹事長として、県議会で、『福島第一原発の7、8号機を、早く増設しろ』と、知事にけしかけていた。
原発は、巨大公共事業をやるようなもので、二つ造れば9千億円規模
地元から陳情を受け、われわれも追認した。
しかし、震災後は、脱原発に転じた。
党県連内でも、『原発には世話になってきた。時期尚早ではないか』と抵抗があったが、県内の原発10基の、廃炉宣言をした」


政治家にとって、原発のうまみとは。
「電力会社は、やり方がうまい。
あらゆる地元事業に協力してくれるから、徐々に手なずけられていく
さらに、一基稼働すれば、何千人もの人が地元に住み着いて、自分たちにべったりの有権者になってくれるのだから、推進の立場になる


脱原発に180度転換したのはなぜ。
「震災直後、福島第一のある大熊町など、周辺地域に何度も足を運んだ。
何十頭もの乳牛が、餌も与えられず、牛舎につながれたまま死んでおり、腐乱していた。
地獄のようだった。
街中には、野生化した牛や、豚とイノシシが交配して生まれたイノブタが歩いている。
とんでもないことを推進してきたと、素直に反省せざるを得なかった



言うてはることはもっともやと思う。
牛舎につながれたまんま死んでった牛たちも、ブタもトリも犬も猫も魚も、みんなみんな、とんでもないことに巻き込まれた。
うつくしま福島という言葉のイメージ通りの、それはそれは美しく、命がキラキラ輝いてた、田畑や森や山や川や海。
そして、元気な子供たち。
日本の農業漁業畜産業の核となり、そのことに誇りを持って生きておられた、それぞれの人生。

それらみんなの上に、どうしようもないほどに悪質で毒々しい汚れが降り落ちてしもた。
とんでもないことを推進してきた者達と、それを見て見ぬふりしてきた我々のせいで。

言わはったことはもっともやけど、ほんで、怒りの表現として退席しはったのも無理は無いと思うけども、
これで終ったらただのパフォーマンスなんとちゃいますか?

斎藤さん、あなたがほんまにやらなあかんことは、ひとりで文句を言うことではなく、その思いを共有する人間と寄り合うて、数の力にすることちゃいますか。
それも、できるだけ急いで。一日も早う。
動物だけやない、子供らも傷つけられてるんです、毎日毎時間。
こんなこと、福島から止めな、いったい誰が止められるというんです?
この、果てしないほどに愚かな連中の、自分らさえよかったらそれでええという、恐ろしい言動を。
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ちいさいけれども、かくじつにそこにある、しあわせなひととき

2013年03月24日 | 音楽とわたし
今週末もまた、金曜日の朝から土曜日の晩まで、しっちゃかめっちゃかの忙しさやった。

昨日は、生徒のサイヴ(スペルを読んでも絶対にそうは読めへん)が、小学校のタレントショーでピアノを弾くというので、
その曲を仕上げるのに、あーでもないこーでもないと、ふたりでいろいろと話し合いながらやってきたということもあって、
ほんでもってなによりも、サイヴのおかあさんアヴリルとわたしは、めっちゃ気の合う友人(実は彼女も最近ピアノを習い始めた)ということで、
タレントショーを観に行った帰りに、彼女たちの家に行って、夕食を一緒に食べましょうと誘てもろた。

タレントショーは、息子らが通た、マウント・ヒーブロンという中学校の講堂で行われた。
長男拓人が卒業した年は、丁度旦那が失業した余波に溺れかけてた時やったから、あんまり人が行かんような大安売りの店に行って、
その店の中でも安い、化繊のペラペラの、白い半袖シャツを買うてやるのが精一杯で、
卒業式当日に、バリバリのドレススーツを着て、お立ち台でスポットライトを浴びながら、胸を張って卒業証書を取りに行く子達の中にたったひとり、
半袖の開襟シャツを着た息子が、ニコリとも笑わず、少しうつむき加減で歩いてた姿を見て、ごめんな、ごめんな、と謝ってた自分を思い出した。

その講堂で、次男恭平は、音楽会の休憩時間に余興を担当し、自己流で弾けるようになったメイプル・リーフ・ラグとショパンの子犬のワルツを活き活きと弾き、会場の観客から拍手喝采の祝福を受けた。

悲しみも喜びも、この講堂にくっきりと残ってる。

タレントショーは、与えられた持ち時間2分の間、皆それぞれに、そりゃもう楽しそうに、練習の成果を存分に見せてくれた。
コントに歌に、寸劇にバレエ、レゲエダンスにドラムセットのソロ演奏、アクロバットまであった。
そしてピアノ演奏は、なんとまあ、わたしの生徒が3人も弾いた。
他にも、今回は出えへんかったけど3人いて、次回は絶対に出るからと言うてたから、今度はえらいこっちゃになるぞ~……。

タレントショーは結局2時間半続き、サイヴのお屋敷に着いたのは9時半過ぎ。
夕食のおよばれだけなら合流するというチャッカリ旦那もやって来て、まずは皆でシャンペンでお祝い。
サイヴは、真ん中らへんで危うくつまづきかけたけど、間違うてもええから知らんぷりして前へ進め、できたらわからんようにうまいこと誤摩化せ!という訓練をぎょうさん受けてたので大成功。
良い演奏ができた。

ダイニングテーブルの上には、わたしの大好きなチューリップの花と、なんとまあ、アメリカと日本の国旗がささってた。
旦那にとっては寝る時間の10時半ぐらいから始まった夕食は、話に花が咲いて、終ったのが12時過ぎ。
さあ、おいとましましょうという時になって、サイヴがわたしに、教えてくれてありがとうと、鉢植えと手描きのカードを渡してくれた。
そのカードにもまたまた日本の国旗が。
前菜から主菜、それからデザートに至るまで、食材の産地や獲れた地域までちゃんと考えてくれていて、そしてそのことを知人友人にも伝えてくれてると聞いて、
そんなこんながありがたくて嬉しくて、胸がぐっと熱うなり、わたしは無性に、君が代を歌いとうなって歌た。


土曜の今日は、今年の反省と来年への展望、それからカーネギーでの定期演奏会についてのプラン作りのための、役員会議があった。

まだまだ寒いマンハッタン。
会議場所の真ん前に、マディソン・スクエアがある。




この気持ちの良い空を見よ!


エンパイア・ビルディングファンとしてはやっぱり……すんません、また撮ってしまいまいした。




やっぱ、あんまり望遠したらあきませんね。ここらでやめときます。


通りの同じ側には、これまた大好きな郵便局。


奥はどこまであるのやら……。


この階段は、図書館のんとよう似てる。




鳩ぽっぽ除けの網が張ってあった。


古いビルディングはやっぱええなあ。


この模様がずっと気になってた。


これはなんのマークなんやろ。



ニューヨーカーたちの早口英語を、なんとか理解しようと必死に聞く。
そやから、この会議が終わるといっつも、脳ミソがびぃ~んと痺れてしまう。
乾いた冷たい風に吹かれながら、旦那が待ってくれてるとこまで歩いて行く。
今夜は、恭平の卒業祝の会食をするってんで、拓人も一緒に家に戻った。

よその国の人が真似っこで作ってる寿司と違て、日本人がにぎってくれる寿司が食いたい。

というリクエストを受けて、前に友人に教えてもろてランチを食べに行った、『大松鮨』というお店に行くことにした。
前に行った時に、魚の入手先やポリシーを聞かせてもろた。
あれこれ心配せんとお寿司を食べられるお店やと思た。

デザートは、馴染みのお店『AOZORA』でいただいた。
拓人にそっくりのウェイターくんに、とうとう本人に会うてもらうチャンスが来た。
ふたり並んで写真を撮ったのやけど、本人に、絶対にブログに載せたらあかん!とガツンと言われてしもたので残念無念!

家に戻り、台所のテーブルを、家族4人で囲む。
うれしいなあ。ありがたいなあ。
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ランディさんの『サンカーラ』を読んで、考えたことを少しだけ

2013年03月22日 | 日本とわたし
田口ランディさんという作家がいる。
つい三日前までは、名前は知ってるけど、どういう人なんか、どんな顔をしてはるんかも知らん、著書を読んだこともない人やった。
ほんで、正直に言うとこの人を、なぜか男の人やと思い込んでた。

ちょっと前に、東京からブルックリンに戻ってきた、ジョージとかおりちゃん、そして一人息子の海くんの家に遊びに行った時、
帰り間際にかおりちゃんが、「まうみさんに読んでもらいたい本がある」と言いながら、バタバタと本箱の中から抜き出してきた2冊の単行本を手渡してくれた。
「ちょっとね、題名が『遺体』とか『死刑』とかでおどろおどろしいんだけど……。あ、まうみさんは田口ランディ、読んだことある?」
「え?読んだことない、名前は知ってるけど」
「じゃ、これも読んでみて」
かおりちゃんの感性が好きやし信じてるから、彼女がお勧めの本なら読んでみたいと、わたしはいつでもありがたく借りて読ませてもらう。

家に戻って、紙袋の4冊を取り出してみた。


田口ランディさんの『ヒロシマ、ナガサキ、フクシマ』と『サンカーラ』、石井光太さんの『遺体』、そして森達也さんの『死刑』。
うう……重い……。

まず、石井さんの『遺体』を読んだ。
その感想はまた後日、頭の中をまとめてから書きたいと思てる。

次に、初めての作家、ランディさんの『サンカーラ』を読んだ。
なんでかおりちゃんがわたしに、ランディさんの著書を紹介しようと思たのか、読み始めてすぐにわかった。
迷てるからや。
迷いながら、自分に問うてる。
どう生きたらええのかと。

その問いの質が、日に日に重とうなってきてる。
けど、この重たさは、もっともっと前から、感じてなあかんもんやった。
その重さを背負って、ずぶずぶと、足の裏にまとわりついてくる泥が、いったいどこから流れてきたもんかを、きちっと自分で見つけなあかんかった。
なんとなく、世の中には辛い思いをしてはる人がいると知ってても、自分かてそれなりに辛い思いしてんねんからと、自分の目を社会に向けることを避けてきた。
ようやっと、自分なりに、これまでの人生の中で一番安定してるっぽい暮らしになったっぽい、などと思い始めてた。
それでも世の中は、胸の中がゾワゾワするような、ようわからんけど恐ろしいというような感じを思い出させる無数の毛玉が、わたしらが歩いた風圧で、ころころと転がっていく。
転がってるのは、テレビの画面の中やったり、新聞紙の紙面の上やったり、と思いたかったけど、ほんまは自分のすぐ目の前に転がってた。
わたしは見て見ぬふりして、言い訳をいっぱい用意して、ダムで沈んだ村のこと、水俣病のこと、ハンセン病のこと、米軍基地のこと、原発のことを、一回として真剣に考えてこんかった。
そういうのはもう、問題が大き過ぎるからとか、部外者の自分が、それも無名の、自分の暮らしでアップアップしてるようなピアノ教師が、
子育てと仕事と家事に加えて、村の寄り合いやら子供会やら、PTAの役員やら自治会やら婦人会やら、自分の家族のごたごたの始末やらで、それでのうても目がまわってるのに、
そんなもんがいくら必死で考えても、なんとかしよう思ても、それがいったいなんになるんやと、やってみる前から両手に白旗持って、ピラピラと風になびかせてた。
ほんまに、なぁ~んにも考えてこんかった。

そのことが、どんなに申し訳なかったことか。
そのことが、どんなに恥ずかしかったことか。

そやから今、毎日毎日、一日も欠かさず、考えるようになった。
けども、考え始めてみると、考えなあかんことが次から次へと、芋づる式に出てくる。
その蔓は、丸い地球の地面の奥深くに、海底のそのまた下に、ずっとずっとつながってる。
今すぐにでも解決せなあかんことが、それなりの大勢の人が必死になって行動しても、なかなかうまいこと解決していかへん。
はじめのうちは、そのことに腹を立てたり焦ったりした。
けど、そんなことを何回、何十回とくり返してるうちに、やっとやっと、これらは多分、わたしが生きてるうちには解決せんことなんやなと思えるようになった。
ほならわたしはいったい今、何してんのやろ。

その答が、ランディさんの『サンカーラ』の中にあった。
わたしらはいつかは死んで、その身体はこの世から消えてってしまうのやけど、
わたしらが考えたことは決して消えることがなくて、ずっとずっと、引き継がれながら生き続ける。

週末の気功瞑想の日に、ミリアムがこんなことを言うた。

「私たちが持っているものというのは、身体だけなのよね。
そして、私たちがよく感じる痛みや感情は、その身体が作り出すもの。
自然は大きな魂で、私たちの魂はその一部なの。
だから、身体はいつか、その寿命を全うしたり、病気にかかったり、事故に遭ったりして、現世からとりあえず消えるけれども、
魂はもともと自然の一部なのだから、しっかりと残り続けるの。
そして、元の魂に戻る時はね、それはそれはもう、あたたかで気持ちのよいものに全身が包まれて、なんともいえない良い気持ちになるのよ。
どんなに、その直前まで痛みに苛まれていた人も、ものすごい恐怖に襲われていた人も、後悔して悲しみのどん底にいた人も、みんなみんな、魂に帰る時は気持ちがいいの。
お日様の光にすっぽり包まれた時のように」

ランディさんも、同じようなことを書いていた。
その偶然に驚いた。
同じ日に、全く環境も国も違う女性から、同じ話を教えてもらった。

葉っぱだってみんな、お日様の光が大好き。


ちょいといじわるして、向きをあちこち変えてみる。


え?ちょっとちょっと、お陽さんどこ?と慌てるのやけど、数日も経てばちゃ~んと、お日様の方に葉っぱの向きを変えてる。


わたしはこれからも考えよう。うんうんと頭を抱えて考えよう。その考えが、自分の言葉としてきちっと出てくるまで考えよう。
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