国宝の茶碗の話を、続けます。
4) 油滴天目茶碗
① 油滴天目 (ゆてきてんもく)
「油滴」の名のとおり、内外の黒い釉面に、油の滴の様に金色、銀白の結晶や、紺に輝く斑文が、
内外一面に、びっしりと現れています。
銀色の油滴はまた、星のようなので、「星天目」とも、呼ばれています。
尚、中国では、「滴珠(てきしゅ)」と、呼ばれています。
② 中国南宋時代(12~13世紀)の、建窯だけではなく、華北の諸窯でも、作っています。
華北の油滴は、建盞と口造りも違うし、素地も白土に、黄土を下塗りして、高台には、褐色の泥が
塗ってあります。出来栄えは、建盞の油滴の方が、優れています。
華北の窯では、今日でも、油滴が作られている様です。
但し、南宋時代の、同種の天目茶碗は、世界に7、8点しか存在していない、貴重な茶碗です。
③ 国宝の油滴天目茶碗
) 高7.5cm、口径12.2cm、高台径4.2cm。
口縁の部分には、純金の覆輪が、施されています。(口縁の釉が薄い為、「ざらつき」が有り、
喫茶の際、口当たりが悪い為、覆輪がして有ります。)
中国南宋時代 (12~13世紀) 建窯
窯址は、福建省建陽県水吉鎮で、確認されています。
大阪市立、東洋陶磁美術館、収蔵
) 添え書きより、もと関白秀次が所持、のち西本願寺を経て、京都六角の三井家に伝わり、
その後さらに、 若州酒井家の蔵となり、安宅コレクションに入り、今日の所有者に及んで
います。 わが国伝来の、油滴の中では、最上と称される物で、銀色に輝く内に
かすかに、青みを帯びています。
④ 油滴天目のメカニズム
) この斑文は、釉が溶けた時に、煮え出た無数の泡が、表面に浮かんで、破れた後に、酸化
第二鉄の粒子が、結晶として残り、油滴状に成ります。
それ故、人為的に、特定の位置に、油滴を作る事は、出来ません。
釉の流れに従って、斑文は、口縁部で小さく、胴中央で大きく、裾部で細長く、現れています。
) 黒色を出すのに、「マンガン」と「鉄」と「コバルト」を混ぜます。
マンガンや鉄の分解温度付近で、温度を維持し、分解を起させて、表面に気泡を、浮き上がら
せます。この後に、少し温度を上げて.表面の起伏をならして、火を落とします。
(上げ過ぎに注意.油滴が消えてしいます。)
) 粘度の調節の関係で、石灰釉に、弱冠「マグネシウム成分」が必要です。
ナトリウム長石よりも、カリ長石のほうが、溶融範囲が広いので、使い勝手が容易な様です。
) 天目は、極端な還元焼成では、Fe O が生成し、流れてしまいますし、酸化では茶色に
なってしまいます。弱い還元と、若干の水(蒸気)が、必要との事です。
⑤ 油滴の写し
) 油滴は既に、幾人かが、写しを作っています。
京都の、故宇野仁松翁は、その名手で、多治見(岐阜)の、加藤幸兵衛、卓男父子や、
京都の福田力三郎、清水卯一、木村盛和氏なども、優れた作品を作っています。
) 天目茶碗誕生の地、福建省建窯でも、天目を復元した、陶匠、孫建興師がいます。
黒褐色の素地、漆黒の天目釉、器形、作風に建盞の特徴が、よく現れています。
以下次回に続きます。
国宝油滴天目茶碗
4) 油滴天目茶碗
① 油滴天目 (ゆてきてんもく)
「油滴」の名のとおり、内外の黒い釉面に、油の滴の様に金色、銀白の結晶や、紺に輝く斑文が、
内外一面に、びっしりと現れています。
銀色の油滴はまた、星のようなので、「星天目」とも、呼ばれています。
尚、中国では、「滴珠(てきしゅ)」と、呼ばれています。
② 中国南宋時代(12~13世紀)の、建窯だけではなく、華北の諸窯でも、作っています。
華北の油滴は、建盞と口造りも違うし、素地も白土に、黄土を下塗りして、高台には、褐色の泥が
塗ってあります。出来栄えは、建盞の油滴の方が、優れています。
華北の窯では、今日でも、油滴が作られている様です。
但し、南宋時代の、同種の天目茶碗は、世界に7、8点しか存在していない、貴重な茶碗です。
③ 国宝の油滴天目茶碗
) 高7.5cm、口径12.2cm、高台径4.2cm。
口縁の部分には、純金の覆輪が、施されています。(口縁の釉が薄い為、「ざらつき」が有り、
喫茶の際、口当たりが悪い為、覆輪がして有ります。)
中国南宋時代 (12~13世紀) 建窯
窯址は、福建省建陽県水吉鎮で、確認されています。
大阪市立、東洋陶磁美術館、収蔵
) 添え書きより、もと関白秀次が所持、のち西本願寺を経て、京都六角の三井家に伝わり、
その後さらに、 若州酒井家の蔵となり、安宅コレクションに入り、今日の所有者に及んで
います。 わが国伝来の、油滴の中では、最上と称される物で、銀色に輝く内に
かすかに、青みを帯びています。
④ 油滴天目のメカニズム
) この斑文は、釉が溶けた時に、煮え出た無数の泡が、表面に浮かんで、破れた後に、酸化
第二鉄の粒子が、結晶として残り、油滴状に成ります。
それ故、人為的に、特定の位置に、油滴を作る事は、出来ません。
釉の流れに従って、斑文は、口縁部で小さく、胴中央で大きく、裾部で細長く、現れています。
) 黒色を出すのに、「マンガン」と「鉄」と「コバルト」を混ぜます。
マンガンや鉄の分解温度付近で、温度を維持し、分解を起させて、表面に気泡を、浮き上がら
せます。この後に、少し温度を上げて.表面の起伏をならして、火を落とします。
(上げ過ぎに注意.油滴が消えてしいます。)
) 粘度の調節の関係で、石灰釉に、弱冠「マグネシウム成分」が必要です。
ナトリウム長石よりも、カリ長石のほうが、溶融範囲が広いので、使い勝手が容易な様です。
) 天目は、極端な還元焼成では、Fe O が生成し、流れてしまいますし、酸化では茶色に
なってしまいます。弱い還元と、若干の水(蒸気)が、必要との事です。
⑤ 油滴の写し
) 油滴は既に、幾人かが、写しを作っています。
京都の、故宇野仁松翁は、その名手で、多治見(岐阜)の、加藤幸兵衛、卓男父子や、
京都の福田力三郎、清水卯一、木村盛和氏なども、優れた作品を作っています。
) 天目茶碗誕生の地、福建省建窯でも、天目を復元した、陶匠、孫建興師がいます。
黒褐色の素地、漆黒の天目釉、器形、作風に建盞の特徴が、よく現れています。
以下次回に続きます。
国宝油滴天目茶碗