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三崎亜記『妻の一割』

2014-11-22 18:30:00 | ノンジャンル
 2013年に刊行されたアンソロジー『短篇ベストコレクション 現代の小説2013』に収められている、三崎亜記さんの作品『妻の一割』を読みました。
 妻が発見されたのは、私が妻を失ってから三年後のことだ。その一報は、管理局から電話で告げられた。「三日以内に引き取りに来てください」「三日以内に引き取りに行かないとどうなりますか?」「三日以内に引き取りに来られなかった場合の処分要領に従って処分されます」私は受話器を置き、上着を着て管理局に向かった。
 妻を失ったのは、三年前のことだ。その日、私は家に帰るなり、夕食の準備をしていた妻に告げた。「君を失くした気がするんだ」「失くしたか、失くしていないか、どちらかにして。中間はあり得ない」はっきりした事が好きな彼女は、私の中途半端な言葉に、すぐに訂正を求めた。「それじゃあ言い直そう。僕は君を失くした」「私は何年後に発見されればいいの?」玄関で妻は振り返り、私に確認した。「三年後」「わかった」即座に答えて、妻は家を出ていった。妻が出ていくと同時に、私は管理局に電話をかけた。「妻を失くしました」
 あれから三年が経過した。妻は私の宣言通り、三年間「失くした」後に、こうして発見された。三年前にも訪れた管理局に出向き、私は受け取りの手続きを行うことになった。「まずは、失くされていた奥さんを確認してください」管理局に案内された部屋では、小さな窓から隣室の様子をうかがうことができた。妻らしい人物が、三年前には持っていなかった春物のコートを着て、三年前とは違う髪型で座っていた。目の前の妻が、三年の時の経過を経た妻として「間違いがない」かどうかを即答することができなかった。「受取拒否したらどうなるんですか?」「受取者不明の公示をして、三か月以内に新たな受取者が現れない場合、処分されます」「処分とは、どのような処分でしょうか?」「受取者が現れない場合に規定されている処分です」「そうですか。それでは、彼女を僕の妻として受け取る事にします」
 妻は、私が部屋に入ると同時に立ち上がった。「今度から、失くさないように気をつけてね」「今度から、失くさないように気をつけるよ」受け取りのサインをすれば、それで手続きは完了だった。管理官に頭を下げて、私と妻は部屋を退出しようとした。「発見者に、謝礼として、奥さんの一割を渡していますから」付け足しのように、管理官は最後に言って、書類を閉じた。「どこも、一割減っているようには見えないのですが?」管理官は、当然だとばかりに頷く。「内面的な、ということもありますからね」「内面的、とは?」「たとえば感情の一部である可能性もありますし、具体的な技術である場合もあります。料理の技術、仕事の技術、セックスの技術……」「妻の持っていかれた一割が何なのかを、教えてもらえませんか?」「それは、私がお教えするまでもありません。目の前に九割の奥さんがいるのですから、そこから残りの一割は類推できるはずです」そうして私は、一割を失った妻と共に、家に帰った。
 妻とはうまくいかなかった。日常生活では、何ら問題はなかった。だが妻も私も、違和感を抱き続けていた。君には、失くした一割が何かって自覚はあるのかい?」「私には、失くした一割が何かって自覚はないわ」
 日曜日、繁華街を二人で歩いていて、妻は横断歩道の向こうに立つ人物を指差した。「あの人が、私の残りの一割を持っている」海老茶色のスーツを着て帽子をかぶった、初老の男性だった。私たちと初老の男は、横断歩道の中央分離帯で向き合った。「あなたが、私の妻の一割を持っているのですか?」「いかにも、私は奥さんの一割を持っています」……。

 ラストにオチがついている20ページほどの短篇でした。なお上記以降のあらすじは、私のサイト「Nature Life」(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto/)の「Favorite Novels」の「三崎亜記」のところにアップしておきましたので、興味のある方は是非ご覧ください。

 →Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto/