ノンフィクション作家の沢木耕太郎から取材を受けた あるクライマーの話
普通なら「なぜ登るのか」という問いを 彼は一切しなかったという
沢木の弁
「何故という問いは、全てを説明しろと言うに等しい。存在全てにかかる、重すぎる質問だから。」
うわぁ~参ったね しびれた 流石である
何故したの?何故するの?何故したいの?
自分の行動全てにおけるこの何故に対して 完全無欠な回答を出来る人がいるだろうか
過ちを犯す時 善行を為す時でさえ 何故の悪魔に捕らわれたら 人は一歩も前には出られなくなるだろう
あるアルピニストは 日記にこう記したそうだ
「なぜ山に登るのか?その問いに答えてはならない。登りに行け。ただ登りに行け。」
これが人生の究極の意義のような気がする
普通なら「なぜ登るのか」という問いを 彼は一切しなかったという
沢木の弁
「何故という問いは、全てを説明しろと言うに等しい。存在全てにかかる、重すぎる質問だから。」
うわぁ~参ったね しびれた 流石である
何故したの?何故するの?何故したいの?
自分の行動全てにおけるこの何故に対して 完全無欠な回答を出来る人がいるだろうか
過ちを犯す時 善行を為す時でさえ 何故の悪魔に捕らわれたら 人は一歩も前には出られなくなるだろう
あるアルピニストは 日記にこう記したそうだ
「なぜ山に登るのか?その問いに答えてはならない。登りに行け。ただ登りに行け。」
これが人生の究極の意義のような気がする