どこまでだって歩いていけるさ

2012年1月22日 それまでの日記を引き連れてOCN Cafeから移住。
新しい扉の向こうには何があるのだろうか。

花冷えの春に・・言わぬが花

2006年03月31日 | 日記
いやはや 今朝は驚いた

やはり一家に一人 早起きの老人は必要だ

ところで今夜も残業で23:30帰宅

たっぷりと寝たせいか流石に眠くは無い

それにしても今夜の寒さは一体どうしたというのだろう

これが花冷えというものなのか…

そんな言葉があるくらいだから これもまたごく自然のことなのだろう

行きつ戻りつしながら 時に激しく 時に緩やかに変化し 季節は巡る

だが自分の人生においては 一つとして同じ春は無く だから自分の年の数だけ春がある

そして貴方にも今年の春が

え~?幾つの春を知ってるかって?

それは…言わぬが花ってねぇ~
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大寝坊!

2006年03月30日 | 日記
起きたら・・・7時だぁ~~

行ってきます

足跡・・・残せません・・ごめんなさい

会社から・・・? 内緒でね~


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突然の雨に

2006年03月28日 | 日記
退社した時は降っていなかった

自宅のある駅に降りたら 雨だった

家まで2分 走って帰る

こんな事態は 子供の頃から今に至るまで何度もあった

電話をすれば迎えに行ったのに

親はそう言ってくれたが 一度もしたことは無かった

精神的にはけっこう甘えてきたかもしれないが 物理的なことで甘えることはあまり無かった

甘え下手の家族だったかもしれないと思う

でも 家族だから甘えられる事と甘えられない事 他人だから甘えられる事と甘えられない事 あると思う

それを判っていた家族だと思う

突然の雨に そんな事を考えた夜
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切なくなるね

2006年03月27日 | 日記
同僚の母上は一人暮らしだったが 軽い認知症になった為に 施設に入った いや 入れられた

子供が居ても 一日中は見てられない それぞれ諸事情を抱えているようだ

未だ病状が軽い故 生活が変わることに憤慨しているようだ

早い話 何故こんな老人達と暮らさなければならないのかと

駄々っ子より始末が悪いが でも そうだよね

納得できるくらいなら 認知症じゃないしね

生きていくのも大変だが 上手に年を取って 幸せに逝くのも なかなか大変なことだ

私は何より自由が好きだから そんな生活は死んだも同然と思っちゃうけど

だから将来 徘徊ば~さんになってしまうかもしれないけどね

彼の母上の気持ちを思うと なんだか切なくなるね
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日曜の朝から暗い話とお思いだろうか

2006年03月26日 | 日記
私が初めて死を認識したのは 年齢が二桁になって間もない頃だった

ある夜 それはなんでも無い普段通りの夜だったが 

布団の中で ふと親もいつかは死んでしまうのだと思ったら 涙が止まらなくなった

今考えると それは愛されることだけの人生から 愛することの人生を知った転換期だったような気がする

両親が70代になった頃から お正月や誕生日を祝う度に 

この次も3人揃っていられるだろうかと思い それだけに一層大切にしてきた

だからだろうか 母が亡くなった時 あの夜泣いたほどには泣かなかったのは

生まれてきたのが必然か偶然かは判らない

どちらか一方と考えるのは いささか傲慢なようにも感じる

死もまた 同じではないか

日曜の朝から暗い話とお思いだろうか

私にはちっとも暗い話ではないのだが

本日の一曲目は F・ロビンソンの サムバディ・ローン・ミー・ア・ダイム

♪誰か10セント貸してくれないか 昔の女に電話をかけなくちゃ♪

ボズがブルージーに歌い上げる 今なら差し詰め 携帯を貸してくれ かな~
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