どこまでだって歩いていけるさ

2012年1月22日 それまでの日記を引き連れてOCN Cafeから移住。
新しい扉の向こうには何があるのだろうか。

日曜は選挙

2017年06月30日 | 日記
今度の日曜は都議選である

そんなわけでここ数日 あまり鳴らない家の電話がこの時とばかりに鳴っている

いつも不思議に思うのは なぜ電話をかけてくるのかということ

偏屈な私は お願いしますという電話の1本であなたに投票するほど愚かではありませんと言いたくなってしまう

相手の反応から 選挙前に投票数を占おうとしているのだろうか

普通に考えれば 誰が立候補しているかを知らなかったり 誰に投票しようかをまったく考えていないわけがないし たとえ迷っているにせよ 電話で決めるなんていうことがあるはずもない

電話をかける人が真面目で熱心で行動力があるという証明にもならないのに こんな電話でひとの心を動かす力があると思っているのか 訊いてみたくなる

そういえば高校の同級生の事務所からも電話があった

同じく同級生である衆議院議員が応援に来るらしい

選挙区が違う友達は 落とす人だけは決まっていると言うけれど 正しくは「落としたい人」だろうなあ

できるならば この人だけは落としたいという投票をしてみたいけれど

私の選ぶ人は負け戦になることの方が多く 勝率は悪いのだが それでもこれが私に出来る唯一の意思表示であるから 行かねばならない


今日 人生で二度目のノンアルコールビールを飲んでみた

一度目でもう二度と飲みたくないと思ったのだが あれから種類も増え もしかしたら美味しくなっているかとチャレンジ

3種類買ったうちのまず一つを試したが 不味い!

身体の事を思ってのことだが さて 他の銘柄はどうだろうか

残りも不味かったら もう生涯にわたって二度と飲みたくない

それにつけても ああ ビールがこのくらい不味ければ良かったのになあ

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言葉って不思議

2017年06月29日 | 日記
今朝は4時起き

何故か何時に寝てもまだ暗いうちに一度目が覚めるようになった

疲れていない証拠だろうか

3時だと仕方ない もう一度寝ようとなるのだが 4時であればもう起きるしかない

冬であれば起きてもエアコンが必要だろうけれど これが今の季節の良いところで だから夏は好きだ

幸い今朝は雨の気配は無く 5時過ぎにひとまわりしてきた

最初は少しきつかった上り坂も今では難無く走りきることができるようになり 身体の学習能力はすごいと思う


先日ラジオでリスナーからの「ケツの穴の小さい奴」というメールを読んだあと 「そういえばケツの穴の大きい奴とは言わないなぁ」と話し始めた

「確かに 大きいと言われても褒め言葉には聞こえないし そんな褒め言葉も嬉しくないよなあ」と言うのを聞いて思わず笑ったけれど 確かに小さいはあっても大きいは無いなあと実感

調べたら ケツの穴が小さいということは出すものも小さいということで ケチから転じて度量が狭いとか勇気が無いとかといった意味を表すとのこと

身体で言うなら「太っ腹」が「ケツの穴の大きい奴」に匹敵するのだろうか


もうひとつ 言葉つながりで「誤解」

「誤解を受けるような発言は注意するように」

稲田朋美防衛相の発言に対して菅義偉官房長官が会見で述べた言葉だ

間違った理解や解釈をしていました ということが誤解だとするならば まさか!でしょう

私ならば えっ いけなかったの?で済むかもしれないが 稲田氏は政治家であり 防衛大臣であり しかも法律のエキスパート 弁護士でもある

誤解じゃないでしょう

もし誤解してたというなら 資質を問われても仕方ないでしょう

そもそもどこまでも言葉のまんま あれはすべて本音でしょう

いつから「誤解」という言葉の意味が変わったのだろうと不思議でならない


ところで私を「いい女」だと思っているあなた

それを誤解というのです

えっ? 誰もそんなこと思っていない?

これが私の誤解ということね

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肥満は一日にしてならず ダイエットもまたしかり

2017年06月28日 | 日記
朝散歩を始めて一週間 今朝は小雨ながらも傘が必要な朝になってしまった

今日は中止だ

最近は自分の裸体を見てうっとり なんていうことは全然無いけれど どうだ 少しは変わったかと鏡を見ることが多くなった

そもそもが肥満というわけではないから劇的ビフォアー・アフターは望めないとはいえ それなりにだらけた身体になっているから 多少なりともご褒美は欲しい

あちこち肉をつまんでみたり 筋肉のわずかな割れ目を探したり こうなると肉体改造に夢中になる人の気持ちもわからないでもない


最近のパターンとして 午後から天気が回復することが多い

そして今日も あれよあれよという間に明るくなってきた

というわけで 往復5キロの散歩に出かける

もう汗を拭くタオル無しでは歩けない

後頭部からしたたり落ちる汗で 後ろ髪と首はもうぐっしょりになる
 

家に帰って汗を流してから 何気なく体を触っていたら・・・ん? この腰のくぼみは?

前からあったのかどうかは定かでは無い

自分の身体を意識し始めたのは ほんの最近のことなのだから

お尻の上 背骨を挟んで左右にあるこのくぼみは もしかして筋力のついた結果?

ぼんのくぼってどこだっけ ああ あれは首よねえ

「お尻のくぼみ」で検索したら 「赤ちゃんのお尻に穴や溝・・・」 いやいや 私赤ちゃんじゃないし 穴じゃないし・・・

下の方に「ヴィーナスのえくぼ」ってある

これちゃうか~?

なんかネーミングからして良いことみたい~♪

画像を見た

これこれ 私のもこれ

「天使のえくぼ」とも 男性なら「アポロのえくぼ」とも

以前の自分の身体をちゃんと見ていなかったから 筋トレで作ることができるとあるのにそれを証明できないことは残念だが 日本人には出来にくく 海外モデルには必須のものなんて なんか人を喜ばしてくれちゃったりなんかして~~

ローマは一日にしてならず

肥満は一日にしてならず

そして ダイエットもまたしかり

ただいま実感中
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ということにしておこう

2017年06月27日 | 日記
このところ実に梅雨らしい天気の日が続いている

今日も起きた時にはやっぱり雨かと思ったが なんとか上がってきたのを狙って 2キロ散歩をしてきた

ここ数日 本当に膝の違和感が無くなってきた

今までも薄れてきてはいたけれど まだ時々嫌な感じがしたので 良くなってきたのかどうかは半信半疑だったのだが もう正座も胡坐も怖くない

これも先日 夏越の祓いをしたせいだろうか・・・自分で(爆)


信じてもいないくせに 神頼みをする

だめなものはだめなのだろうに それでも何かにすがりたいと思うのは 人の弱さだろうか

それとも 信じていないと言いつつどこかで信じているのか あるいは信じたいのだろうか 

母の時も頼みに行ったのに

だからもうやめた

やめたけれど 夏越の祓いのお知らせが来て あの形代という恐ろしいものを受け取ってしまったので 自分でやることにしたのだ

作法を調べて ちゃんとその時にとなえるという歌もうたった

みなづきの なごしのはらいするひとは ちとせのいのち のぶというなり

長生きしたけりゃ夏越の祓いをせよ って やっぱり脅迫だよね

神道なんか知らない人 神様なんて信じていない人のためにも 密かに黙ってお祓いをするのが本当だと思うけれどね

形代に息を吹きかけ なでなでした(頭は特に念入りに)

エアー茅の輪の八の字まわりもした

そんなふうに真面目にお祓いをしたのだ


痛みが遠のいたのは 2週間だけ使った薬のせいか(鎮痛剤であって治すものではないが) 運動のせいか あるいは単にその時期が来ただけのことかもしれない

でもお祓いの効力もあったと言っておかないと 神さんが拗ねるかもしれないので 心から感謝

ということにしておこう

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久しぶりの叔母からの電話

2017年06月26日 | 日記
起床5時 外を見ると雨は上がっているようだ

少し迷ったけれど 今からお風呂に入っていたら遅くなってしまうと思い 先に散歩に出る

買い出しやら掃除やら いつもと変わらないメニューをこなし 勿論運動もだ

午後はだらだら過ごす

天気のせいか今日はそんな気分だったのだ


夕方 久しぶりに叔母から電話があった

元気そうな声で 息子が手配してくれたデイケアに週4日 けっこう楽しく通っていると

自分からそんなものに行こうだなんて思わなかったし 最初は見知らぬ人の間に入るのはどうかと思ったけれど 意外にもそんな心配は無用だったと聞いて 私も安心した

話はいつも同じなのだが それは仕方が無い

少し前に手紙を出したけれど 着いたかしら

うちは夕方最後の時間の配達だから もしかしたら今頃入っているかも


80歳をとうに過ぎている叔母の今を知って その姉である私の母が生きていたら(すでにもう90歳近くになるはずだが)どんなだっただろうかと想像する

叔母のように毎日の家事や買い物も大変になっていただろうか

何を日々の楽しみとして生きていただろうか

何に不機嫌になり 何に喜びを感じたのだろうか 

私はそんな母に何をしてあげているだろうか

そして近い将来の私自身はどうなっているだろうか

希望は 買い出しに出かけて自分で好きな食事を作り だらだらだろうが何だろうが退屈なんかせずに 特に痛いところも無く(病気でも日常生活に支障がなければいい) 納得のいく日々を送ること

あはははは 私もけっこう欲張りときたもんだ

電話を切ってから見に行くと いつも通りにカラーペンを使ったにぎやかな封書が1通 夕日の当たる郵便受けに入っていた

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