新緑のなかに身を置くことに特別の意味がある。冬の長い眠りから覚めて、新しい生命が動き始める。冬にこもっていた部屋を出て、そんな生命の躍動に出会うとき、生きる喜びをあらためて意識する。人間はそんな風にして年齢を重ねていく。雪が消えて、ウグイスの囀りを聞きながら、新緑をや足元の高山の花々の饗宴を見る時が一年のうちでもっとも刺激的な時間だ。仙台市作並。昔からの温泉の街として名高いが、そこに岩峰を聳えさせるのが鎌倉山だ。標高520mの低山だが、この季節は山の花を愛する仙台市民のいこいの山となっている。
先ず目に飛び込んでくるのは、ほとんどの斜面の埋めつくすカタクリ。花期は終わりに近づいている。そして、これでもかとうち続くニリン草の群落。こちらは咲きはじめ。陽ざしが降りそそぐに合わせるように花が開いていく。花にくわしい人は、葉をみて咲き終わったミスミソウ、これから咲くシラネアオイのありかを示してくれる。里の桜が終わるころ、ヤマザクラの点景が新緑にまじっているのが、またうれしい。
水の音に似て啼く鳥よ
山ざくら松にまじれる深山の昼よ 牧水
花のなかを下って来ると、大きなレンズを構えてニリン草を取るカメラマンがいた。花を専門にしている人の目は鋭い。ニリン草の群落のなかに咲く一輪を指して、「緑ニリン草ですよ。」みれば、花弁のなかに緑の斑点が浮かんでいる。「以前はもっと緑が濃かったんですよ。花も齢で薄くなりました。」と、経年の花の様子まで教えてくれる。花の自然変異というものであろうか。花への愛も、ここまで深まってくると本物だ。
花好きな一行から、「ワー」という歓声が上がる。葉しか見られなかったシラネアオイの魁を一輪見つけたときだ。花の周りに我も、我もとカメラを差し出す。さすがにこの花の紫は奥ゆかしい。たった一輪の上品さに心うたれる。
本日の参加者13名。内男性4名。里山の花の山に人気が集まる。下山して11時20分。時間があるため、日帰り温泉に回ったが、神の湯は木曜定休。断念して帰路につく。検索のもう少ししっかりと反省する。