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戸外の散歩を励行するようになってから、ひと月以上が経った。晴耕雨読で雪のや雨の日は、家にいてじっくり本を読たいのだが、つい傘をさして表に出る。枯草の岩かげに、大きな葉に隠れて、ユキノシタがひっそりと咲いているのを見つけるとやはりうれしい。冬の眠りから覚めて、花の命を再び蘇えらせるからであろうか。
枯れ伏しし蕗にまぢかき虎耳草ひかりを浴みて冬越えんとす 茂吉
詩人の松永伍一が散歩の楽しみについて書いている。「私は散歩によって小さな存在である自分に出会っている。歩きながら巨きな宇宙から発せられる見ない波を浴びて、小さい存在ゆえに感じとれる「生かされている歓び」を日々味わってきた。そこに流れている遥かなる時間に身体を染めて、自分のふさわしい生のリズムを整えていった。
私もいま、この詩人の境地に深い共感を覚える。残され人生を意味あるものにするには、こんな散歩から得られる自然観である。山登りに行くと、その思いはさらに強いものとなる。
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