炎天下での作業が3日間続き、さすがに疲れた。依頼主は熱中症にならないようにと冷たい水を用意し、何度も飲ませてくれる。ありがたいけれど、みんなちょっと飲みすぎて「お腹がガバガバになってしまった」と笑い合う。笑えるうちはまだいい。黙ってしまうことのないように、馬鹿話が飛び交うが、この暑さの中ではどうしても口数は少なくなってしまう。
年寄りは思い込みと度忘れが著しい。電気の切り替えボックスの取り付けについて、私は合点がいかなかったので、「これは取り付けが反対になっているのでは?」と設計者に言ってしまったが、逆に「そんなことはない。間違っているのはあんたの方だ」と叱られてしまった。よく聞けば、確かに私の間違いで、「絶対にこうなっているはずだ」と思い込んでいたための間違いだった。
その設計者が電動ドリルの器具が「見当たらない」と言う。彼がその器具を使って、ドリルの刃を取り替えて私に渡してくれたから、器具を使ったのは確かである。「ポケットにでも入っていませんか?」と聞いてみたが、「ポケットは狭くて入らん」と言う。それでみんなで探してみたけれど見つからない。「もう一度、ポケットを見てみたら」と誰かが言った。「ポケットなんぞに入っているはずがない」と言いながら、ポケットの中をみんなの前に全部出した。やはり器具は入っていた。
「この頃、本当に物忘れが激しくて困ったものだ」と彼は言う。私たちの仲間では最長老だが、いつも元気で探究心は旺盛、設計屋らしく木目細かい。「どこに何を置いたのか、そんなことは年のせいじゃあないですよ。若くても年取っていても、多かれ少なかれ、みんなそうですよ」と慰める人もいる。「ワシなんか、家に帰ってもオカアに『あんた、だれ?』と言われとる。ワシも『オマエは誰だった?』と言うと、『知らん人だけど、まあいいかーな』と言う。ほんなもんだぜ」と言う人もいる。「それじゃー毎晩、初夜みたいなもんだね」と茶々が入る。
大韓航空爆破事件の実行犯であるキム・ヒョンヒが来日し、軽井沢の鳩山前首相の別荘で、拉致被害の家族と面談している。私は、キム・ヒョンヒは当然死刑になっていると思っていたが、韓国では特赦を受けて、刑務所ではないところで、しかも結婚して暮らしていると聞いてビックリした。韓国にとってキム・ヒョンヒはそれほど利用価値があるとは思わなかった。それになのに、どうして彼女は日本へやって来たのか、その目的もよくわからない。キム・ヒョンヒは48歳になるという。すると24年間も彼女は何を思い、何を考えて生きてきたのだろう。
そのキム・ヒョンヒも後20年もすれば、あれはどこに置いたのか、何のためにここに来たのか、昨日の夜は何を食べたのか、すっかり忘れているのだろう。人は忘れるからいいのだと聞いたこともある。嫌なこともひょっとしていいことも忘れて、今日よりも明日はもっといいことがあると思って生きていける。私は、孔子は古臭いと思い込んでいたけれど、なかなか面白いことを言っている。「成事は説かず。遂事は諌めず。既往は咎めず」は孔子の言葉だ。「やっちゃったことは仕方がない。すんでしまったことを責めてもしょうがない。終わったことにくよくよしてもはじまらない」という意味である。なるほどと思うのは私だけだろうか。
年寄りは思い込みと度忘れが著しい。電気の切り替えボックスの取り付けについて、私は合点がいかなかったので、「これは取り付けが反対になっているのでは?」と設計者に言ってしまったが、逆に「そんなことはない。間違っているのはあんたの方だ」と叱られてしまった。よく聞けば、確かに私の間違いで、「絶対にこうなっているはずだ」と思い込んでいたための間違いだった。
その設計者が電動ドリルの器具が「見当たらない」と言う。彼がその器具を使って、ドリルの刃を取り替えて私に渡してくれたから、器具を使ったのは確かである。「ポケットにでも入っていませんか?」と聞いてみたが、「ポケットは狭くて入らん」と言う。それでみんなで探してみたけれど見つからない。「もう一度、ポケットを見てみたら」と誰かが言った。「ポケットなんぞに入っているはずがない」と言いながら、ポケットの中をみんなの前に全部出した。やはり器具は入っていた。
「この頃、本当に物忘れが激しくて困ったものだ」と彼は言う。私たちの仲間では最長老だが、いつも元気で探究心は旺盛、設計屋らしく木目細かい。「どこに何を置いたのか、そんなことは年のせいじゃあないですよ。若くても年取っていても、多かれ少なかれ、みんなそうですよ」と慰める人もいる。「ワシなんか、家に帰ってもオカアに『あんた、だれ?』と言われとる。ワシも『オマエは誰だった?』と言うと、『知らん人だけど、まあいいかーな』と言う。ほんなもんだぜ」と言う人もいる。「それじゃー毎晩、初夜みたいなもんだね」と茶々が入る。
大韓航空爆破事件の実行犯であるキム・ヒョンヒが来日し、軽井沢の鳩山前首相の別荘で、拉致被害の家族と面談している。私は、キム・ヒョンヒは当然死刑になっていると思っていたが、韓国では特赦を受けて、刑務所ではないところで、しかも結婚して暮らしていると聞いてビックリした。韓国にとってキム・ヒョンヒはそれほど利用価値があるとは思わなかった。それになのに、どうして彼女は日本へやって来たのか、その目的もよくわからない。キム・ヒョンヒは48歳になるという。すると24年間も彼女は何を思い、何を考えて生きてきたのだろう。
そのキム・ヒョンヒも後20年もすれば、あれはどこに置いたのか、何のためにここに来たのか、昨日の夜は何を食べたのか、すっかり忘れているのだろう。人は忘れるからいいのだと聞いたこともある。嫌なこともひょっとしていいことも忘れて、今日よりも明日はもっといいことがあると思って生きていける。私は、孔子は古臭いと思い込んでいたけれど、なかなか面白いことを言っている。「成事は説かず。遂事は諌めず。既往は咎めず」は孔子の言葉だ。「やっちゃったことは仕方がない。すんでしまったことを責めてもしょうがない。終わったことにくよくよしてもはじまらない」という意味である。なるほどと思うのは私だけだろうか。