友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

男女共同参画のテーマ

2016年03月05日 17時48分42秒 | Weblog

 男女共同参画フェスティバルが明日、開かれる。参画の言葉から三角となり、名称を「とらいあんぐるフェスティバル」と名付けたようだ。私たちの世代だと、三角といえば三角関係のイメージになってしまうからやはりこれは世代の差のようだ。夏目漱石の小説などもそうだが、日本の小説にはひとりの女性をふたりの男性が好きになり苦しむ展開が多い。

 友だちから「恋の相談」を受けたりするが、それは告白だから聞いた以上たとえ自分も好きであっても手を出さないのが「友情」である。高校生の頃は、それが美徳のように思っていたが、夏目漱石の『こころ』は、告白を聞いた男が先回りして女性の母親に認めさせて結婚してしまう。それで告白した男は自殺する。恋人を奪った男は幸せに暮らすかというと、罪の意識のために暗い日々を送っているばかりか、最後には自殺してしまう。

 この憂鬱さが嫌で日本文学を毛嫌いしてきた。姑息な手段で娘さんを嫁にした男なのに、なぜ友の自殺に負い目を感じるのか、もっと他に生き方があるだろう。嫁となった彼女の立場はどうなるのか、そんなことを考えた。江戸時代と違って西洋化が進んだ明治ではあるが、男女の関係は封建時代と大きく変わることはなかったのだろう。『こころ』の主人公は西洋の知識を学んでいても女性を軽視したところがある。

 男女共同参画は国の政策として進められているが、男も家事や育児をすること、女性議員や女性管理職を増やすことなどが求められている。でも、そのために今の形をどう変えるのかという話題にはなっていかない。現行のままでは無理なことが多い。今、労働時間は8時間と定められているが実際はもっと長いだろう。これだけ効率化が進んでいるのだから労働時間を6時間とか5時間に短縮すべきだろう。1日8時間がベストなら1週4日間にすればいい。

 学校が困るとか、病院はどうするとか、いろいろ議論はあるだろうから、男も女も負担が少なくなるようなルールに変えればいい。明日は、性同一性障害をテーマに市民講座を開く。知人が「よく、思い切ったテーマを取り上げますね」と言うので、ビックリした。たとえ少数であっても、苦しんでいる人がいるのだから、耳を貸すのは当然のことだと思う。見ないふりや聞かないふりをしていては、世の中は決してよくならない。

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