陽は差しているのに、空気は冷たい。午前中はまだそれほどでもなかったので、乾燥させておいた昨年咲いたサルビアをもみほぐし、種まきをした。農業をしている友だちは「発芽率が悪い」と教えてくれたが、毎年100株は必要なので、多少でも購入株を減らすことが出来たらと願って種まきをした。
我が家のツツジはもうすっかり満開となった。チューリップはまだ開花はしていないが、咲きそうなところまで成長している。やはり今年は花の咲くのが早い。NHKの朝のドラマ『あさが来た』の主人公は「9転び10起き」と口にしていた。人生は7転び8起きどころではないという訳だ。
日本の8は最大を意味するから、7転び8起きは何度くじけそうになっても立ち直ることを意味しているから、「9転び10起き」と言う必要がないのだが、そこはドラマが強調したいところなのだろう。ドラマの主人公はそんなに何度も挫折しそうになった印象がない。彼女の明るさがマイナスイメージをふっ飛ばしているのだ。
経済は常に右肩上がりではない。この明治においても、戦争で景気がよくなったと思えばまた落ち込んでいる。経済は縛りの効かない生き物なのだ。社会主義国家は、計画経済で全ての人々が豊かさを手に入れることが出来るはずだったが、幻想に終わった。新自由主義は制約を排除し競争を激化させることで活性化を目指したが、格差社会を大きくしてしまった。
国家間のGDPばかりに目が行き、中国が世界第2位となり、日本は第3と落胆している。本当は一人当たりの裕福度を調べた方がいい。生産高だけでなく、一人当たりの労働時間も問題にしてほしい。日本は生産人口(15-64歳)が確実に減少している。安倍首相は「有効求人倍率が高水準を維持しているのは、経済が好調な証拠」と力説するが、生産人口が減少しているのだから当然の現象で、景気が良いとは言えないだろう。
人生も歴史も「7転び8起き」だ。いい時もあれば悪い時もある。冬が終われば春が来る。けれど、たとえそうだとしても、生きている私たちは生き抜かなくてはならないし、「幸せな社会(国家ではない)」を目指していかなくてはならない。「ときめき」も求めて。