3月に入った。先ほどから雨が降ってきた。今日は高校の卒業式だが、自分の卒業式は何も覚えていない。1月に父親が亡くなり、これで大学に行くことはないと思った。どうするかまで考えていなかったが、家を出て東京へ行こうという気持ちがどこかにあった。兄が「どうするんだ?」と言った時も、「ウン」とあいまいに答えていた。
すると兄が「入学金くらいは出してやるから、大学へ行ったらどうだ」と言ってくれた。東京は無理、私学はもっと無理、家から通える大学で行きたいところはと絞り込む。担任に話すと「受かるだろうが、実技試験があるぞ」と教えてくれる。ここに受からなければ東京へ行くしかない。それもまた、いいかと、勝手に考え、それからデッサンのために他所の高校に通った。
小学生の時に通った絵画教室の先生に相談したら、「入試までに100枚デッサンしなさい」と言われたが、私の高校にはデッサンのための石膏像が無かったからだ。受験するのは1校と決め、勉強はなんとかなるだろうとひたすらデッサンに励んだ。入試は3月末だったので、私学を受験した連中が、そして1期校を受験した連中が、成果を携えて我が家に来ることもあった。
早々と大学が決まった連中が羨ましかった。連中は私が置かれている状況など知らないし、「1校しか受けない」と言っても、関心のない様子だった。両親が亡くなったとはいえ、家は材木屋で、兄が商売をしているから金に困ることなど考えられなかっただろう。私自身も余り景気が良いとは思わなかったが、まさか倒産する直前にあったとは知らなかった。
卒業式を終えても、入試まではまだ日にちがあり、寒くて気の重い日々だった。入試の2日目は実技試験で、とても寒い日だった。デッサンで何人落ちるのか知らないが、出来上がった作品を見る限り落ちる気はしなかった。合格発表の日、他教科を受けた同じクラスの女子が泣いているのを見かけた。嫌な気がしたが、名前はあった。