友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

この変わり身の早さは何なのだろう

2018年08月22日 18時06分05秒 | Weblog

  甲子園大会の決勝戦は、大阪桐蔭の圧倒的な勝利だったが、新聞もテレビも負けた金足農チームの健闘を圧倒的に称えた。日本人に流れる弱い方に肩入れする判官びいきはここに顕著に表れていた。「一生懸命に頑張る」その素直な姿は多くの人々の心を掴んだ。私も思わず涙を流してしまった。

 昨日は小3の孫娘の世話でブログを書く時間が作れなかった。食事の後ですればよかったが、「酒を飲んだ後はブログをしない」と決めていたし、途中からでも見たい映画があった。それはBS6で放映された『ヒトラー暗殺、13分の誤算』。ヒトラー暗殺は軍人が計画した「ヴァルキューレ」作戦や「閃光」作戦とかが有名だが、ひとりの市民が企てた暗殺の史実を映画化したもの。

 軍人による暗殺計画も映画になったが、それはハラハラする娯楽性の高い作品だった。しかし、この『13分の誤算』は、人の生き方というか人間に迫るものが強かった。ごく普通の青年、夫から虐待されている人妻に恋し、音楽を愛する腕のいい家具職人が、街にあふれるナチスの横暴に義憤を抱き、このままではドイツは滅亡してしまう、その前にヒトラーを暗殺しようと計画し実行する。しかし、ヒトラーは演説を繰り上げ早めに帰ってしまい、爆発で会場に居た6人の市民が犠牲になった。

 秘密警察ゲシュタボは、個人で出来る訳がないと背後のグループを自白させようと様々な拷問を行う。けれど自分が考え実行したことなので、自分でしたとしか答えようがない。こんな目に遇ったら、私は相手が望むように供述してしまうだろう。映画の中に、昔からの彼の知り合いが出てくるが、「ナチスに入れば収入が増える」と言う人もいる。街の子どもたちも「ヒトラー・ユーゲント」の制服を着て、ナチスに賛同しない人たちをバカにする。

 ゲシュタボの人たち、ナチスを称賛した人たち、ユダヤ人や反抗した人々を殺戮した軍人たち、戦争に負けて普通の生活に戻った時、何も思わずに日常へ同化していったのだろうか。すべては命令でしたことと、自分を正当化したのだろうか。人間のこの変わり身の早さは何なのだろう。

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