瀬戸内寂聴さんの『美は乱調にあり』を読んで、この小説家を見直した。ストーリーの展開も見事で、何よりも人物のひとりひとりが際立っている。主人公以外の人物の、それぞれの個性もしっかりと表現している。彼女たちが生きていた時代、明治から大正に至る「新時代」の女たちの生き様が、見えてくるように感じた。
中心人物の伊藤野枝の背丈から肌の色、顔の形や話し方まで、見てもいないのに分かっている、そんな気にさせてくれた。野枝の恋人の辻潤や大杉栄を(別の読み物で多少知っていたが)、野枝がどんな風に見ていたのか、実生活ではない小説の世界であるが、きっとそうだろうなと思わせてくれた。
私は大杉の無政府主義に心惹かれた。政治的制度としての革命よりも、大杉はキリスト教的な「愛」による平等な社会を目指していた気がする。労働者をどんな演説で煽ったのか知らないが、『美は乱調にあり』の大杉は極めて観念的だ。妻と野枝と神近市子の3人を平等に愛することが、無政府主義が目指す新しい男と女の関係だと説得する。
大杉は「平等」に愛することに徹しようとするが、3人の女性にそれを求めることは無理だった。逆に、野枝が大杉と他の2人の男を「平等」に愛したとしても、3人の男には不満が生まれるだろう。人の心には嫉妬があり、欲がある。だからこれを大杉は「愛」で克服しようとしたのだろうが、人間である限り無理だろう。
瀬戸内さんの小説に惹かれて、続いて『秘花』を読んだ。室町時代に能を完成させたと日本史か国語で学んだ世阿弥の物語だ。読み辛い古文が出てくるのに、どういう訳か先へ先へと読みたくなる。瀬戸内さんがこんなに素晴らしい小説家だったとは知らなかった。読みもしないで放っていたことが恥ずかしくなった。