十一月(じふいちぐわつ)
青碧(せいへき)澄明(ちようめい)の天(てん)、雲端(うんたん)に古城(こじやう)あり、天守(てんしゆ)聳立(そばだ)てり。濠(ほり)の水(みづ)、菱(ひし)黒(くろ)く、石垣(いしがき)に蔦(つた)、紅(くれなゐ)を流(なが)す。木(こ)の葉(は)落(お)ち落(お)ちて森(もり)寂(しづか)に、風(かぜ)留(や)むで肅殺(しゆくさつ)の氣(き)の充(み)つる處(ところ)、枝(えだ)は朱槍(しゆさう)を横(よこた)へ、薄(すゝき)は白劍(はくけん)を伏(ふ)せ、徑(こみち)は漆弓(しつきう)を潛(ひそ)め、霜(しも)は鏃(やじり)を研(と)ぐ。峻峰(しゆんぽう)皆(みな)將軍(しやうぐん)、磊嚴(らいがん)盡(ことごと)く貔貅(ひきう)たり。然(しか)りとは雖(いへど)も、雁金(かりがね)の可懷(なつかしき)を射(い)ず、牡鹿(さをしか)の可哀(あはれ)を刺(さ)さず。兜(かぶと)は愛憐(あいれん)を籠(こ)め、鎧(よろひ)は情懷(じやうくわい)を抱(いだ)く。明星(みやうじやう)と、太白星(ゆふつゞ)と、すなはち其(そ)の意氣(いき)を照(て)らす時(とき)、何事(なにごと)ぞ、徒(いたづら)に銃聲(じうせい)あり。拙(つたな)き哉(かな)、驕奢(けうしや)の獵(れふ)、一鳥(いつてう)高(たか)く逸(いつ)して、谺(こだま)笑(わら)ふこと三度(みたび)。
(泉鏡花「月令十二態」~青空文庫より)