御曹司は上るり御前のひと間所に忍ばせ給ひて見給へば、四方のせうじに四季をぞかゝれける。先づ東の障子にかいたるゑは、春のていかと打見えて、きさらぎ末弥生はじめの事なるに、峯のしら雪むらぎえて、谷のさわらびもへ出れば、松の枝にはくじやく鳳凰がさゑづりて、てりうそてりぬるてりましこ、ひわや小がらや四十から、数の小鳥が巣をくひて、かなたこなたへ舞あそびし其風情をかゝれたる。まことに春かと見えにけり。南の障子にかいたる絵は、夏のていかと打見えて、軒端をふかすはあやめ草、夜ふかを過るはほとゝぎす、なつかしさにこなたの空をながむれば、しづの女が田子のもすそを引乱し、すげの小笠をかたむけて、さなえとるこそやさしけれ。日だに暮れば我やに帰り、宿のうづみ火かき立て、軒端々々にたつ煙、谷へとかたむくその下には、かうろぎはたをりきりぎりす、まつ虫すゞむしくつわ虫、常になかぬはたるらむし、せみのなくこゑ木ずゑ木ずゑにひゞわたりしその風情をかゝれたるまことに夏かと見えにけり。西のせうじに書たる絵は、秋のていかとうち見えて、萩のうは葉にそよぐ風、荻の下葉にむすぶ露、九月下旬に紅葉ばの所々にちり行風情をかゝれたるは、まことに秋かと見えにけり。北のせうじに書たる絵は、冬のていかと打見へて、遠山ちかき里までも、あらしこがらしはげしくて、軒にたるひぞ氷ける。津川の鴛の一つがひ、羽を氷にとぢられて、たゝざる其身の風情をば、日本めいよの絵かきの上手がこんぜうろくせうの筆をもつて、絵種をもおしまず書たりしを、物によくよくたとふれば、都にとりてはどれどれぞ。一条殿や二条殿、近衛関白花山院、六原殿の唐の小御所と申とも、それにはいかでまさるべきとぞ見えにけり。
(浄瑠璃十二段~『日本歌謡集成 巻五 近古編』東京堂)
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