monoろぐ

古典和歌をメインにブログを書いてます。歌題ごとに和歌を四季に分類。

燕(つばくらめ/つばめ)

2012年02月16日 | 日本古典文学-和歌-春

きさらぎのなかばになると知り顔に早くも来(き)けるつばくらめかな(夫木抄)

つばくらめ簾(すだれ)うごかす羽風(はかぜ)にもかつ散る庭の花ぞ匂へる(草根集)

つばくらめ簾の外にあまた見えて春日(はるひ)のどけみ人影もせず(風雅和歌集)

あはれにも軒ばの燕(つばめ)来鳴くなり去年(こぞ)も巣がけし宿をたづ ねて(草根集)

この春も古巣たづ ねて山がつの宿をはなれぬつばくらめかな(草庵集)

軒端あれて春はむかしのふるさとに古巣たづ ぬるつばくらめかな(壬二集)

ふるさとのねぐらいでけるほどもなく雲井はるかに飛ぶつばめかな(蒙求和歌)


彼岸

2012年02月15日 | 日本古典文学-和歌-春

けふ出(い)づ る春のなかばの朝日こそまさしき西の方(かた)はさすらめ(夫木抄)

とにかくに目離(めか)れぬものを ひるよるの同じ時なる花と月とを(夫木抄)

さまざまに春のなかばぞあはれなる西の山の端(は)かすむ夕日に(夫木抄)

かねてよりかすめる空の色を見る春のなかばの入りがたの月(明日香井集)


撥音無表記

2012年02月13日 | 日本古典文学

 源氏物語・真木柱に「いと苦しかべきこと」という文章が出てきて、見慣れない形だなあ、「べし」の上は何形が付くんだっけ?と思い、調べてみました。
 動詞+「べし」については、辞書にもしっかり記述されてるのですが、形容詞+「べし」はあまり記載されてないみたい。

  形容詞の連体形+べし

 ということは、例えばク活用の「清(キヨ)し」なら「清かるべし」で、シク活用の「いみじ」なら「いみじかるべし」というふうに付くわけですね。
 ならば、上記の真木柱の文章は「いと苦しかるべきこと」となるはずなのに、「いと苦しかべきこと」となっているのは、なぜでしょう?

 源氏物語のデータベースで「かべ」というキーワードで検索して(「壁」は除く)、該当箇所を注釈本で当ってみたところ、以下のことがわかりました。

  「いと苦しかべきこと」
  ↓
  撥音便化「いと苦しかべきこと」
  ↓
  撥音無表記「いと苦しかべきこと」

 古語辞典の「撥音便」の項にも、「あるべし→あんべし・あべし(撥音無表記)」という例が載ってました。「べかめり」とか「なめり」とかなら、よく見る形なのでわかりやすいですが、形容詞でも同様なんですねー。
 以下に、源氏物語の用例を挙げます。

・「いと苦しかべきこと」(源・真木柱) ←「苦しかるべき」
・「こころやすかべかめれ」(源・常夏) ←「こころやすかるべかるめれ」
・「もの近かべきほどかは」(源・野分) ←「もの近かるべき」
・「思へば恨めしかべいことぞかし」(源・胡蝶) ←「恨めしかるべき」。「べき」がイ音便化して「べい」に。
・「深う澄むべき水こそ出(い)で来(き)がたかべい世なれ」(源・行幸) ←「出で来がたかるべき」。「べき」がイ音便化して「べい」に。
・「命こそかなひがたかべいものなめれ」(源・澪標) ←「かなひがたかるべき」。「べき」がイ音便化して「べい」に。
・「甲斐なかべいことなれ」(源・真木柱) ←「甲斐なかるべき」。「べき」がイ音便化して「べい」に。
・「人聞きもうたておぼすまじかべきわざを」(源・夕霧) ←助動詞「まじ」の連体形「まじかる」の撥音便無表記

 ちなみに、「枕草子」「徒然草」や謡曲でも、「かべ」で検索しましたが、上に挙げたような撥音無表記の用例は見つかりませんでした。源氏例にある「かたし(難)」を使用しても、以下のように撥音便化していません。

・「かたかるべきにもあらぬを」(枕)
・「後世を願はむにかたかるべきかは」(徒然)

 擬古文をそれっぽく書くならば、こういうテクも取り入れるとよいのでしょうね。(こうなってくると、「べし」の活用形がどういう形なら直前の形容詞が撥音便化しやすいのか、とかも調べたくなってきます。)
 以下は、「形容詞の撥音無表記+べし」の創作例。

・いみじうをかしかべし
・おもしろかべきこと
・すさまじかべきこと
・いとわろかべし
・悪(ア)しかべきこと
・こころづ きなきこと多かべし
・さる人も多かべい
・興(キョウ)なかべし
・見苦しかべいを
・ねたかべし
・こころ憂(ウ)かべし
・(~こそ)口惜しかべけれ
・いみじかべきこと
・いみじかべいもの
・(~こそ)いみじかべけれ

追記
 たまたま見つけた「形容動詞の撥音便無表記+べし」の用例です。(撥音便無表記って、奥が深いですねー。)

  「いかなべいことぞ」(源・行幸) ←「いかなるべき」
  「かげもみえがたかべいことなど」(蜻蛉日記) ←「みえがたかるべき」
  「よろしかべいさまに」(蜻蛉日記) ←「よろしかるべき」


糸遊(いとゆふ)・陽炎(かげろふ)

2012年02月12日 | 日本古典文学-和歌-春

かすみ晴れみどりの空ものどけくてあるかなきかに遊ぶ糸ゆふ(和漢朗詠集)

晴れくもりわたる春日(はるひ)もかげろふのあるかなきかの小野の糸ゆふ(草根集)

しづ けくて吹きくる風もなき空に乱れてあそぶ糸ぞ見えける(永久百首)

春風ののどかに吹けば青柳(あをやぎ)の枝もひとつにあそぶ糸ゆふ(夫木抄)

春の織る花の錦(にしき)のたてぬきに乱れてあそぶ空の糸ゆふ(夫木抄)

はるばるとあさみどりなる大空にあそぶ糸をやながめくらさむ(永久百首)

いつとなく思ひみだれて過ぐる世にうらやましきはあそぶ糸ゆふ(六百番歌合)

空に知れ春の軒ばにあそぶ糸の思ふ筋(すぢ)なき身のゆくへをば(六百番歌合)

かげろふのほのめく影を見てしよりたれとも知らぬ恋もするかな(続古今和歌集)

つれづ れの春日にまよふかげろふの影みしよりぞ人は恋しき(新後拾遺和歌集)

夢よりもはかなきものはかげろふのほのかに見えしかげ にぞありける(拾遺和歌集)

世の中と思ひしものをかげろふのあるかなきかのよにこそありけれ(古今和歌六帖)

何事(なにごと)をわれなげ くらむかげろふのほのめくよりも常(つね)ならぬ世に(続古今和歌集)