ほっぷ すてっぷ

精神保健福祉士、元新聞記者。福祉仕事と育児で「兼業」中。名古屋在住の転勤族。

草薙厚子(2008)『いったい誰を幸せにする捜査なのですか』

2010-01-09 23:39:48 | Book

 ジャーナリストによる情報源の秘匿云々が、事件そのもの以上に大きく扱われた、
2006年6月に奈良県の医師宅で起きた、高校生の長男による放火殺人事件。
当時17歳だった長男は、放火により継母と2人の異母兄弟を死亡させた。
そのとき、放火殺人の標的とした父親は家に不在だった。

 この本は、事件の精神鑑定医=加害者である長男と被害者に当たる父親の告訴によって
秘密漏示罪に問われ、有罪。高裁への上告も棄却された=に取材をし、
鑑定医が持っていた供述調書を手に入れて引用し、本にした
ジャーナリスト、草薙厚子さんが書いたもの。
本は、『僕はパパを殺すことに決めた』というタイトルで、講談社から出版された。

 本は、検察とのやり取りを詳しく記しながら、自分の主張や検察の態度を批判する。
被害の当事者による被害申し立てが必要で、この事件まで有罪例のなかったという
身近でない「秘密漏示罪」が、事件から1年ばかり後に、複雑な関係にある
長男と父親の連名によって申し立てられたことに疑問を抱く。

「なぜ長男と父親が秘密漏示罪を奈良地検に告訴したのか」

に対しての彼女の仮説は(やや文脈から推測のところもある)

・彼女が以前法務省職員で在職中、セクハラを訴えて辞職していたり、
 その後少年犯罪の取材で(サカキバラセイト事件など)省内の内部情報と
 思われるものを本で暴露していたりしていたので、
 法務省が目の敵にしていた

・そこに、彼女が鑑定医から供述調書を手に入れ、それは彼女と不倫関係or金銭享受関係にある
 京大教授の口添えによるもの・・・というメールが鑑定医の病院に届き、
 検察はその情報を重要視

・大阪高検の元検事で弁護士をやっている人に、親告について
 長男と父親に依頼(したんじゃないか)

というもの。3点めは、本で明記しているわけじゃないけど、
その疑いが強い、という姿勢で書いている。

 この疑問については確かに、不自然なところがあるなと思う。
本の記述にある、検事の発言からも、彼らの強制力を持った
捜査は、勢い任せのような感じがあるなという印象。

 でも、全体としての問題は、彼女が鑑定医に言った
「事件の背景には、あまり知られていない特定広汎性発達障害がある可能性が高い、
 それを伝えることで、犯罪の防止や子どもを持つ母親らの不安をぬぐうのに
 役立てたい」
という目的を、どうやら『僕パパ』で果たしていないこと。
(それについての記述は少ないらしい、読んでいないからわからないけど、
 鑑定医らの感想によると)

 そして、本でもあるように、民事ではなく刑事で争われ、鑑定医だけが起訴されたこと。
民事で名誉毀損で訴えられれば、おそらく判決ではジャーナリスト、出版社が
重要な対象になるだろうけど、
刑事では鑑定医になってしまう。
強制的な捜査権限を持つ検察が、情報をリークした側に及ぶ事態は
民主主義国家なのか?と思う。

 もちろん、「情報源の秘匿」と言い張りながら、ブラックメールによってでも
なんでも、結局秘匿できていない彼女の責任もある

「ジャーナリストとして、裁判で情報源の秘匿を守らなかった」という
批判が、この事件では一番記憶に新しい部分だけど、
まあ鑑定医が「正直に話してくれ」という趣旨を訴えていたと言うことなら
この期に置いてはたいした問題でもないのでは、と思う。
「情報源の秘匿」というのは、実際は「情報提供者に迷惑がかかる事態が、
その提供者の考える範囲で予想されるのであれば、秘匿を希望されるのであれば」
守る、というものだと思うし。

 とにかく、この事件をサーベイするのは骨が折れます。
結局その後、講談社と草薙さんももめてるし、
捜査中の、NHKによる特ダネ誤報について
草薙さんとNHKも係争中だし。
鑑定医も最高裁に上告しているし(2009年12月)。

 ・・・少年犯罪をどう防ぐか。それが語られないのは、
あまりに情報が少ないからだ、というのは、
情報漏洩にばかり報道が重ねられている現状を見ても明らかで、
問題という認識は、共感せざるをえないです。
情報をたくさん持っているはずの法務省が、政府が、
専門家を作ってでもなんでも、もう少し有益そうな対策が
出てくれば、事態は少しは違っていたのかも。

※秘密漏示罪 医師、薬剤師、弁護士らが正当な理由がないのに、業務上知り得た人の秘密を漏らした時は6月以下の懲役か、10万円以下の罰金となる。被害者の告訴が必要な親告罪。

追記:なんだか複合的に問題が生まれてきたこの事件の概要を知るのに、
新聞のデータベース(有料の完全版)が大活躍。
将来的に、完全データベース(今も有料でやってるところ多いけど)
を売る、というビジネスを、図書館や団体だけでなく、
個人に対してももっと売り込んでいけば
けっこう収益になるのでは、と思った。

こういうやつ。
http://www.chunichi.co.jp/database/

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