

17日の日曜日も、気持ちの良い小春日和に恵まれ
午前中、山仲間のYさんに誘われ世田谷にある「等々力渓谷」を歩いてきました。
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東横線の自由ヶ丘から大井町線に乗り換え「等々力駅」で下車


駅南側徒歩2分の所にある赤いゴルフ橋の脇から、らせん状の階段を下ると
鬱蒼とした渓谷に出ます。
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下流の矢川橋迄の僅か700Mの距離が、東京23区内唯一の渓谷「等々力渓谷」です。
Yさんと一緒に三浦半島の「武山」を歩いていた時
「17日の日曜日に、私が通っている大学の音楽堂で邦楽ミュージカルが催されるのよ」
「一緒に見に行かない?」と誘われました。
「1時半開場だから、午前中は同じ沿線にある等々力渓谷を歩こう」となり
「ついでに五島美術館にも寄りたい」と・・・
Yさんの提案で盛りだくさんのスケジュールが組まれました


すべては土地勘のある彼女にお任せです


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等々力(とどろき)渓谷は、矢沢川が武蔵野台地を削って形成した渓谷です。
決して清流とは言えませんが・・・
宅地化が進んだ今でもなお、周辺には深い森林が残り、斜面の各所から湧水が湧き出ています。
詳しい地図と説明は

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渓谷に沿ってしばらく歩き、玉沢橋をくぐるとすぐに、
等々力渓谷三号横穴の標識が見えてきます。
左手の斜面を上がると、古墳時代後期から奈良時代(7世紀後半~8世紀)のものと推定される
横穴式古墳がありますが、残念ながら工事中で中には入れませんでした。
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よく見ると、苔の間からも水が流れ出ていました。
東京礫層と呼ばれる地層から湧出しているそうですが・・・
矢沢川自体が、世田谷区桜丘五丁目付近の湧水に源を発し、
途中で複数の湧水を合わせて流下してきた川だそうです。
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このすぐそばにお団子屋さんのようなお店もありましたが、私たちは先を急ぎました。
ブログ仲間のtonaさんが、国分寺にある野川の源流を紹介していますが
国分寺崖線(通称ハケ、立川から世田谷の等々力渓谷まで約25㎞続く河岸段丘)は
湧水が多いようですね。
「日本庭園」へ
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等々力渓谷の終端近くの右岸に日本庭園があります(入場無料)
崖の地形や自然環境を巧みに活かした庭園で、豊かな緑が残されていました。
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書院ではセルフサービスでお茶をいただく事が出来ます。
縁台に座ってお茶を飲みながらイロハモミジの赤と黄のグラデーションに
見とれていたい心境ですが・・・
スケジュールが押していて



書院の隣は芝生広場、明るい武蔵野台地の風景の中でファミリーが楽しんでいました。
すぐ下に、木々に包まれた渓谷があるとはとても思えません。
ここには洋式もある綺麗なトイレがありました。
満願寺「等々力不動尊」
私たちは不動の滝まで戻り、急な階段を登って「等々力不動尊」に出ました。
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不動堂本尊の大日如来像は、新義真言宗の宗祖興大師が山城国(現在の京都府)より、
この地に移したと伝えられています。
真言宗の開祖・弘法大師の才能にあやかって、学業成就、芸事上達のご利益があるそうですが・・・
ここはパワースポットとしても有名のようでした。
ここから幹線道路(目黒通り?)を歩いて等々力駅に戻り、次の目的地に向かいました。
私は今回一眼レフカメラを持って行きましたが、
コンデジで撮ればよかったと反省です

暗い渓谷内、歩きながらの三脚なしでの撮影はブレブレとなってしまいました

Yさん、何度も立ち止まらせてごめんね。








11月19日・父が退院
風は強いもののピカピカの快晴に恵まれたこの日、父は無事に退院しました

戻った先が自宅ではなくホームというのが少々切ないのですが・・・
施設の方々が、父の発熱以来日々細かく様子を見て処置し
知らせてくれて助かりました

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肺炎&心不全

それらもようやく治り、施設側の許可も出て
父は退院できました

この地域の中核病院の周りの道路は「銀杏並木」が断然多いのですが
この所の冷え込みでいっきに黄金色に染まりました


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弟一家は皆仕事に出ますので、ウィークデーの病院通いはすべて私がやりました。
なかなか下がらなかった熱の心配と、毎日出る洗濯物は
別洗いしなければならずけっこう大変

私自身の気分転換の必要性を感じ、17日の日曜は父のことを弟夫婦に任せました。
無事に退院を済ませ、施設の看護婦さんとケアマネさんと現場のスタッフさん
そして私の4人で、これからの父の事で打ち合わせをし



その後父の昼食の介助をしたら、90%食べてくれたので一安心

両親や周りのお年寄りを見るにつけ、人間食べることの大事さを思い知らされました。
帰路、青空を見上げたらクラクラきて・・・


