流石に一月の中旬となると、例年並みの寒波が襲来しましたね。
朝起きると、1月上旬は10度以上あったリビングも、6~7度と寒さが堪えます。
石油ストーブをたいても、16畳のリビングが18度に上がるには1時間以上かかり
寒さに弱い私は震えあがっています

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それでも我が家の庭の白梅が、例年より半月以上も早く咲きだしました



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北側玄関の我が家は冬至前後の1ヶ月間は、庭の日当たりが悪くなりますが
それでも健気に梅は咲きだしました。
今までこのブログで何度か紹介している、早咲きの「冬至梅」は
夫が亡くなった後に姿を消しましたが
(庭をバッサリと刈ってくれたお仲間さんが整理したんだと思います)
この白梅は、夫が大事に大きな鉢に植えた物・・・
夫の置き土産のように感じました。
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隣の鉢には「ヒメフウロ」の真っ赤に染まった葉が残っています。
今年は野山を歩いていても、秋の紅葉と早春のお花が隣り合わせでしたね



大山頂上から「阿夫利神社・下社」へ(1月7日)
さて、私たちの新春初登り「大山ワンデリング」の後半をご紹介します。
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頂上を11時過ぎに出発し、大山阿夫利神社の下社に向かって下ります。
途中、大きな「夫婦杉」の所で休憩し・・・
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12時20分過ぎに、阿夫利神社・下社に到着しました。
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学問の神様「天満宮」もありましたが、私の周りに受験生はいませんので
そのまま通り過ぎます。
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第10代崇神天皇の頃(紀元前97年頃)の創建と伝えられ、山頂に本社、
標高700メートルの中腹に下社があります。
「大山祗大神(おおやまつみのおおかみ)」「大雷神(おおいかずちのかみ)」
「高おかみ神(たかおかみのかみ)」を主祭神とし、大山山頂に立つ本社に祀られております。
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源頼朝をはじめ、多くの武将に厚い崇敬を受け、江戸時代には庶民の信仰を集め
大山参りが盛んになりました

三が日には大勢の参拝客であふれる境内も、この日はご覧の通り・・・
「この輪くぐりは八の字に廻ってね」と言われ、ぐるりと歩きましたよ。
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「以前、これは無かったような?」お仲間の女性が呟きました。
「十二支の置き物が新しいものね」と・・・
毎年お正月に実施される「大山・初登山&新年会」、ワンゲルの会ではお馴染みの神社のようです。
ここで8人中5人の方々がケーブルに乗るということで分かれました。
私は深く考えもせずに、ブログ仲間の山小屋さんに着いて行きましたが・・・
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急な階段が20分以上も続く「男坂」は足元もガタガタで、手すりもなし

ケーブルカーに乗った方々に追いつけとばかりに急ぐ山小屋さんと、
私よりも二回り以上も若い感じのお仲間の女性の姿は、あっという間に見えなくなりました。
「新年会は先に始めていて~

2人は一度も振り返ることなく下っていきました。
他の登山者の姿は一人も見えません。でも迷う心配はない所です。
ここで転んだら命にかかわりますから、私は私のペースで慎重に降りるしかありません。
山は自己責任ですからね



豆腐料理屋さんで「新年会」
大山阿夫利神社は名水が湧き出ていることでも有名で、ふもとにはたくさんのお豆腐料理の店が並びます。
私もスーパーで買うお豆腐は「大山豆腐」が多い・・・
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まずは女性3人でお風呂に入り、さっと汗を流しました

「お待たせ~

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歩いた後のビールが美味しい

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とても美味しくてお代わりしましたわ

帰宅して夜中から膝痛が始まり、筋肉痛もあって、
以後2日間は二階の寝室からリビングに下るのも手すりにつかまってヒィヒィ~
友人には「筋肉痛がすぐに出るなんて、naoさん若いわ」と言われましたが
情けないったらありゃしない



最近はハイキングや街歩きが多く、如何に山から遠ざかっていたかを実感です。
三日目に行った日帰り温泉


翌日はご近所仲間と10分歩いてコミニティーセンターに行き「ストレッチ体操」をしてきました。
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こちらがこの日歩いた標高差です。
ヤビツ峠から登り、頂上から阿夫利神社下社に降りて参拝し、男坂を下った所で「新年会」



最後は伊勢原行きのバス亭まで降りていきました。
登りの標高差は(約500m)、下りはほぼ倍

ストレッチの講師の話では「中高年は脊柱管狭窄気味の人が多いから、登りの方が安定感があり」
「下りは腰が着いて行かずにバランスを崩しがち」
と言われてしまいましたわ。
あなた任せで「大山なら過去にも2回歩いているし」と、地図も見ないで着いていった私は
「若い頃とは違うのだ
