大蔵高丸から大谷ヶ丸へ
「大蔵高丸」の頂上からは、残念ながら富士山も南アルプスも見えませんでしたが・・・
爽やかな風と緑を堪能し、次の「ハマイバ丸」に向かいます。
「ここのチゴユリは全部が双子だわ」


緑の林に入るとすぐにYさんが声をあげました。
マウスオンで、ご覧下さい
ここまでのお花畑にもチゴユリはたくさんありましたが、この一帯の株は全部が二輪咲きでした

こちらは「ユキザサ」でしょうか?
軽井沢で見たものよりもずっと大きい感じです。
ここまでに見てきたアマドコロ・スズラン・マイズルソウ・チゴユリ、そしてこのユキザサも、みんな「ユリ科」のお花ですが・・・
この季節はユリの仲間の最盛期なんですね


大蔵高丸から緩いアップダウンを何度か繰り返し、30分ちょっとで「ハマイバ丸」頂上に辿り着きました。
漢字で書くと「破魔射場丸」・・・
何やら深い意味がありそうな名前ですね。
大蔵高丸の登りからずっと我々の前を歩いていた男性の二人連れに、ここでも一緒になったので、カメラを渡して3人並んだ写真を撮ってもらいました。
そして「アツモリソウが咲いていましたね」と話しかけられました。
「エエッ
」
「○○に咲いていましたよ」
「私たち見てな~い
」


クヌギ林の頂上から少し下ると、岩と松が点在する日本庭園のよう雰囲気の斜面に出て・・・
そこから先はヤブコギの中の急降下となりました。
マウスオンでご覧下さい
背丈よりも高い笹や木の枝が、顔にバシバシとあたります
私たち、この歳になっても相変わらずお肌に悪い事ばかりしているわ・・・
ヤブコギを抜けると急に展望が開けて、前方にこれから向かう「天下石山」と「大谷ヶ丸」が見えていました。
それにしても日曜日だというのに、登山者の姿は見えません。
「以前に比べると山に来る人が少なくなったわね~。」
「あの有名な岩崎先生と行く登山ツァーでさえ人が集まらないと聞いたわよ。NHKTVで百名山をやっていた頃は凄かったのに・・・」
「登山は苦しい!カッコ悪い!というイメージが先行して、若者には中々受け入れられないし、第三次登山ブームも我々の年代で最後ね。」
そんな事を話をしながら歩いていきました。
緑の中にビッシリと白いお花を咲かせている木が印象的でした。
これまでにも「タニウツギ」が、あちこちに咲いていましたが・・・
お花を見ると、ウツギとはちょっと違います。
「ズミ」でしょうか?
又の名を「コナシ」といいますが・・・
上高地から徳沢方面に行くと、梓川沿いにたくさん見られますね。
再び登り返していくと大きな石が現れて、ここが「天下石」でした。
時計を見ると11時を過ぎています。
朝が早かったので流石にお腹が空きました。
「米背負峠」まで下ると、先を歩いていた男性の二人連れがバーナーでお湯を沸かしています。
我々もここで昼食タイムとし、オニギリやチーズかまぼこ等を食べました。
賑やかな声がして、男女10人くらいの中高年のグループがやって来ました。
「あと20分で大谷ヶ丸頂上だから、頑張って行きましょう」とそのまま急登に取り付いて行きました。
お腹を満たした後の急な登りが少々きつかったけど、我々3人も12時半前に無事「大谷ヶ丸」頂上に到着しました。
樹林に囲まれ、展望はあまり良くありませんが、晴れていれば一部伐採された木々の間から南アルプスが見えるらしい・・・
ここから「景徳院」までは2時間半の下りが続くので、私は膝のサポーターを両足に着装しました。
私の膝は大丈夫でしたが・・・
Kさんの靴がとんでもない事になったのです
![]() |
「大蔵高丸」の頂上からは、残念ながら富士山も南アルプスも見えませんでしたが・・・
爽やかな風と緑を堪能し、次の「ハマイバ丸」に向かいます。
「ここのチゴユリは全部が双子だわ」



緑の林に入るとすぐにYさんが声をあげました。
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マウスオンで、ご覧下さい

ここまでのお花畑にもチゴユリはたくさんありましたが、この一帯の株は全部が二輪咲きでした


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こちらは「ユキザサ」でしょうか?
軽井沢で見たものよりもずっと大きい感じです。
ここまでに見てきたアマドコロ・スズラン・マイズルソウ・チゴユリ、そしてこのユキザサも、みんな「ユリ科」のお花ですが・・・
この季節はユリの仲間の最盛期なんですね



大蔵高丸から緩いアップダウンを何度か繰り返し、30分ちょっとで「ハマイバ丸」頂上に辿り着きました。
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漢字で書くと「破魔射場丸」・・・
何やら深い意味がありそうな名前ですね。
大蔵高丸の登りからずっと我々の前を歩いていた男性の二人連れに、ここでも一緒になったので、カメラを渡して3人並んだ写真を撮ってもらいました。
そして「アツモリソウが咲いていましたね」と話しかけられました。
「エエッ

「○○に咲いていましたよ」
「私たち見てな~い




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クヌギ林の頂上から少し下ると、岩と松が点在する日本庭園のよう雰囲気の斜面に出て・・・
そこから先はヤブコギの中の急降下となりました。
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マウスオンでご覧下さい

背丈よりも高い笹や木の枝が、顔にバシバシとあたります

私たち、この歳になっても相変わらずお肌に悪い事ばかりしているわ・・・
![]() |
ヤブコギを抜けると急に展望が開けて、前方にこれから向かう「天下石山」と「大谷ヶ丸」が見えていました。
それにしても日曜日だというのに、登山者の姿は見えません。
「以前に比べると山に来る人が少なくなったわね~。」
「あの有名な岩崎先生と行く登山ツァーでさえ人が集まらないと聞いたわよ。NHKTVで百名山をやっていた頃は凄かったのに・・・」
「登山は苦しい!カッコ悪い!というイメージが先行して、若者には中々受け入れられないし、第三次登山ブームも我々の年代で最後ね。」
そんな事を話をしながら歩いていきました。
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緑の中にビッシリと白いお花を咲かせている木が印象的でした。
これまでにも「タニウツギ」が、あちこちに咲いていましたが・・・
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お花を見ると、ウツギとはちょっと違います。
「ズミ」でしょうか?
又の名を「コナシ」といいますが・・・
上高地から徳沢方面に行くと、梓川沿いにたくさん見られますね。
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再び登り返していくと大きな石が現れて、ここが「天下石」でした。
時計を見ると11時を過ぎています。
朝が早かったので流石にお腹が空きました。
「米背負峠」まで下ると、先を歩いていた男性の二人連れがバーナーでお湯を沸かしています。
我々もここで昼食タイムとし、オニギリやチーズかまぼこ等を食べました。
賑やかな声がして、男女10人くらいの中高年のグループがやって来ました。
「あと20分で大谷ヶ丸頂上だから、頑張って行きましょう」とそのまま急登に取り付いて行きました。
![]() |
お腹を満たした後の急な登りが少々きつかったけど、我々3人も12時半前に無事「大谷ヶ丸」頂上に到着しました。
樹林に囲まれ、展望はあまり良くありませんが、晴れていれば一部伐採された木々の間から南アルプスが見えるらしい・・・
ここから「景徳院」までは2時間半の下りが続くので、私は膝のサポーターを両足に着装しました。
私の膝は大丈夫でしたが・・・
Kさんの靴がとんでもない事になったのです

大蔵高丸で終りと思いましたらまだまだ先があったんですね!
ここまでなら幼稚園児を連れてでも・・・、とレス頂いておりましたから
nao ママさんがここで終わる筈無いですね(爆))))))
沢山の高山植物が見られるのですね。
アルプの里で見たものは全部人の手で植えられたものばかり、
こうして自然の中に自生しているお花を見てみたいものです。
アツモリソウ、とても残念でしたね!
未だ見たことがありません。
歩けるっていいですね~~♪
所でお仲間の靴、どうなさいました!?
このあたりでは1人では寂しいので、双子が多いのでしょう。
ユキザサも大きいように感じました。
ズミ(コナシ)も満開でしたね。
ここは標高が高いので、春が残っていたようです。
新緑もきれいですね。
ところで、このあたりの山に「丸」がついている訳をご存知ですか?
昔、朝鮮の百済や高句麗からたくさんの人達が渡来してきました。最初に着いたのが大磯あたりだそうです。
大磯に「高麗神社」があります。(漢字は高来神社となっていたと思います。)
そこから相模、武蔵の国を通ってこのあたりに住み着いたそうです。
飯能には高麗(こま)という地名があり、ここにも高麗神社があります。
朝鮮では山のことを「丸」と呼ぶそうです。
それでこのあたりの山には「丸」がついた名前の山がたくさんあります。渡来人がつけた名前だそうです。
すぐ近くには「本社ヶ丸」「畦ヶ丸」丹沢には「檜洞丸」などがあります。
破魔射場丸もその当時の人達が山仕事の安全を祈願してここから矢を放ったそうです。
正月の破魔矢なども魔除けとして神棚に飾られます。
山の名前のいわれなども考えながら歩くのも楽しいですね。
Kさんの靴の件は想像できます。
長い間履いていないと起きるハプニングですね。
アツモリソウは本当に残念で、戻ろうかと思ったくらいですが・・・
実行する気力体力がありませんでした。
カナディアンロッキーで、「礼文アツモリソウ」に良く似た「レディース・スリッパー」を見ていますが、日本で是非見たかったです。
いつまでも元気に歩けるとは思っていないので、今の内にと焦る気持ちが大きいです。
今回は夜の部があり、必死で歩きましたので、翌日からの筋肉痛が辛かったです。
仲間の登山靴のトラブルはこれで3回目なんですよ。
ノドモトすぎた頃に襲う信じられない出来事です。
次回に詳しい様子をUPしますね。
まるで学校の先生に説明を受けたような気分です。
次回そのまま使わせていただきますね。
朝鮮半島では「山」を「丸」と言うのですね。
納得です。
ありがとうございました。
標高1500mを越える山々はまだ春なんですね。
緑も浅くユリ科のお花が咲き乱れ、コナシが満開でした。
友人の靴のトラブルは三回目なんですよ。
信じられません!
今回は流石に慌てましたが、どうにか無事に下山できました。
保存の仕方が問題なんでしょうか・・・?
アツモリソウ見られなかったのは悔しいですね。私も一度は見たい花です。
靴のトラブルは前にも・・・けっこう多いのですよね。
行程が詳しく書かれているので、同行もとても楽です。(笑)
双子チゴユリ、ズミ、いいですぇ、こんな風景はやはり、そこに行かないと見ることが出来ませんね。
でもとても綺麗に写されていて、そこにいる気分になれます。
おっと、同行していたんでしたよね。
所で、この辺は、全てといって良いほど、山が丸になっていて、日本の山でなく、挑戦半島の山かとおもってしまいそうですね。
中学時代~高校時代」、奥秩父や奥秩父を歩いていた時期、不思議に思ったものでした。
狭山の隣町が、日高市なのですが、以前は武蔵野国高麗郡と呼ばれ、高句麗の方たちにより開発されました。
そのため、吾野や、飯能などを始め高麗川、越辺川など、多くの彼らの言葉による地名が残っています。
ところが山々に全く「丸」が付いていません。
其れなのにこの一帯には、丸が多いんです。
同じ朝鮮半島でも高句麗、百済、新羅とあるので、違った国の人たちが住み着いたのかも知れませんが・・。
不思議ですね。
戻るには遠すぎて・・・
聞かなければよかったねと、3人で話したくらいです
ここのチゴユリはみんな双子咲き・・・
ファミリーのようでしたよ。
Kさんの登山靴のハプニングは以前もこのブログでUPしたことがありますが、今回で3回目でした。
みな同じような年月を履いているのですが、何故いつも彼女が?と不思議です。
後から見直すと行程が良く分り、メモがわりになりますね。
この最後の「大谷ヶ丸」頂上の写真のデーターを見ると、「2008 06 15 12:24」と打たれていて・・・
自分達の足跡がそのまま写真で分りますので、とても便利です
カメラって、画像を撮るだけの物ではなかったと、妙に感心していますよ
大菩薩嶺から始まるこの山塊ですが、何故か?湯ノ沢峠近辺の山々の名前に「丸」が多くて不思議でした。
朝鮮半島では山の事を「丸」と言うそうで納得ですが・・・
渡来人によって開発された地区の山に「丸」が付いていないのも摩訶不思議ですね~
地名と歴史を調べるのも面白いかも知れませんが・・・
それには地元の図書館で「郷土史」などの資料を読む必要がありますね~。
貴女がどんなに忙しくっても、タクシー代払っても。
こうして山へ行くって事、クマザサを掻き分けてお顔に悪いんでしょ!
たくさんの写真見ながらフゥ~って思った!いいなぁ~って思った!
それから、温かいお友達のメッセージ読みながら、勉強になる山小屋さんの教授なんて。色々と知らない世界にのめりこんでしまいそうなワタクスです。
そして、写真の前で深呼吸してしまいそうな花や風景に親しめる幸せを感じています。この年になってちょっぴり損をしてたような思いを抱き始めたワタクスです。
次回も楽しみです^^♪
きれいな緑の中を気持ちいい~でしょうね
この所眼の調子を悪くしています
この様な緑を見ていると良くなるような感じですね
コナシ・・・ズミなんですね
この間行ってきた戦場ヶ原もズミの木が沢山ありましたが満開でしたよ
山歩き人口は減っているんですね
先日NHKBSでヨーロッパ・アルプスを3夜放映していましたが大分上までトレッキングできるんですね とてもステキな景色でした
もう少し若い時にnaoママさんに出会えていたならば私も山歩きを始めたかもしれませんね