ジューンベリーに忘れ物

シンボルツリーはジューンベリー
どこかに沢山の忘れ物をしてきた気がして

絵心をたどって

2017-03-03 22:11:33 | あの頃
 欠かさず、朝ドラ『べっぴんさん』を見ている。

 先週だったと思う。
定年退職した良子ちゃんの夫・勝二さんが、
『名前のない喫茶店』を開く決心をした。
 その動機は、良子ちゃんの仕事仲間・明美ちゃんのひと言だ。

 「回顧録なんか書いてないで、何かやったら・・・。」
そのような言葉だった。

 「ドキッ!」とした。
人生をふり返ってなんかいないで、前を向いて進め。
 そんな意味合いが含まれていた。

 「私は・・?」と問えば、毎週こうして、
『どこかに沢山の忘れ物をしてきた気がして』と、
まさに回顧録まがいを綴っている。

 「それじゃ、ダメじゃないか!」
さり気ないお叱りを受けたようで、しばし気持ちが沈んだ。

 しかし、「ブロクから、時折心の栄養を頂いています。」
そんな言葉を思い出し、今日も想いを記すことにした。


  ① チューリップの絵

 小学校に入学して最初の図工の時間だ。
真新しいクレヨンを、机に置いた。
 画用紙が1枚ずつ配られた。

 優しそうな女の先生だった。
「その紙に、好きな絵を描いてください。」
 大好きな動物でも花でも、誰かの顔でもいいと言う。

 クレヨンなど書き慣れていなかった。
何をどう描こうかと、迷った。
 隣の子も、周りの子も、次々と描き始めた。
慌てた。

 思いついたのが、チューリップだった。
真っ白な紙の横一線に、
赤と黄色のチューリップの花と、
緑色で茎と葉を、5つ6つ並べて描いた。

 「あら、きれいね。つぼみもあるといいよ。」
私の絵をのぞいて、先生が教えてくれた。
 「よし!」とばかり、花と花との間に、
2つ3つと、赤や黄色の丸いつぼみと小さな葉を塗った。
 背景は、真っ白のままだった。
目を閉じると、今もその絵が浮かぶ。

 翌朝、教室の後ろと横の掲示板に、
名札のついたみんなの絵が張ってあった。
 どの子も、自分の絵を見つけて、
明るい表情をしていた。

 ところが、何度見返しても、私の絵がない。
思い直して、休み時間にもう一度見直した。
 やっぱり、チューリップの絵も、
私の名札もなかった。

 「あまりにも下手だったので、
張ってもらえなかったんだ。」
 すごく後悔した。
「もっといっぱい、つぼみを描けば良かったのに・・。」
 一日中、泣きそうになるのをこらえて過ごした。

 ところが、帰りの会でビックリした。
「上手な子の絵は、廊下に張りました。」
 先生が、そう言ったのだ。

 廊下にも、絵が張ってあるなんて知らなかった。
ランドセルを背負ってから、廊下に出た。
 そこの掲示板の、一番右上にチューリップの絵があった。

 1日中、泣きそうだった分も加わり、
廊下の「上手な絵」に、
跳びはねたい気持ちをこらえて、帰り道を急いだ。

 
  ② 工場の写生

 4、5、6年生の写生会は、同じ場所からだった。
学校から10分くらい行った小高い丘から、
製鉄所を描くのだ。
 私は、それが好きになれなかった。

 「工場の力強さを写生しなさい。」
どの先生も、毎年同じことを言った。

 茶色く錆びついた鉄くずの山、山。
うす汚れた灰色の屋根が折り重なった
窓のない細長い工場建物。
 製鉄所のシンボルだという5本の煙突。
そして、動いているのを見たことがない巨大クレーン。

 私は、そのどれにも心が動かなかった。
興味がなかった。
 誰が、どんなに力強いと言っても、
その無機質な色合いに、惹かれるものは何もなかった。

 それでも、大きな画用紙が配られ、
半日は、その製鉄場が見える丘にいる。
 なので、しぶしぶ画板にむかった。
そして、適当に下書きをし、汚い色をのせた。

 出来上がると担任へ見せた。
早い仕上りに、担任は当然あれこれと注文をつけた。
 分かり切っていた。
私は、「ハーイ。」と心ない返事をする。
 でも、2回と絵筆を持たなかった。

 その後は、先生の目を盗んで、
丘のさらに上に駆け上がり、時間をつぶした。
 集合の合図があると、係の子が集める画用紙に、
そっと自分の絵を潜り込ませて終わりにした。

 後日、戻ってきた写生画の評価は、
当然最低なものだった。
「もっとチャンと描きなさい。」
母から何度叱られても、「嫌いだ。」と答えた。
 他の図工の時間まで、嫌な時間になってしまった。


 ③ 友の油絵

 中学生、そして高校生になっても、
絵画に対する興味は皆無だった。
 だから、高校の芸術科選択では、
真っ先に美術を対象外にしていた。

 放課後、油くさい部屋にこもり、
キャンバスに向かう美術部員を、
変人のような目で見ていた。

 その1人に、口数が少ないが、
人当たりのいい同級生・N君がいた。

 いつごろからか、昼は一緒に弁当を食べるようになった。
何故か、彼だけは変人と思わなかった。
 どんな会話をしていたのか、思い出すことができないが、
いつも、心休まる時間が流れていた。

 そのN君が、全道の大きな油絵コンクールで、
大人たちの絵画を出し抜き、
大賞に輝いたニュースが飛び込んできた。
 一躍時の人となり、新聞でも大きく扱われた。
彼の顔写真も載っていた。

 私は、驚きと共に、彼が遠い人になってしまった気がして、
喜びよりも寂しさを強くした。
 でも、彼は翌日からも一緒に弁当を食べてくれた。

 数日後、その受賞作品が、生徒玄関の正面に展示された。
畳2枚分もあったろうか。大きな油絵だった。
 タイトルは、『浮標(ブイ)の夕焼け』。

 私は、その絵を前に、しばらく動けなくなった。
放心というのだろうか。圧倒された。
 「すごい!」「なんだ、これは!!」

 埠頭へ無造作に陸揚げされた鉄製の大きなブイ。後ろの港。
そこに、朱色に燃える夕焼けが輝やいていた。

 静かなN君の内にある、
底知れないエネルギーが伝わってきた。
 胸の鼓動が、どんどん激しさを増した。

 絵画のもつ偉大さに、初めて気づいた。


  ④ 単位取得の静物画

 学生時代、教員免許を得るため、『小学校図工』の講義を受けた。
半年間の受講の最後に、水彩画を描き、
その評価が単位取得を大きく左右した。

 静物画が課題になった。
中学校以来の絵筆だが、この単位を逃すと面倒なことになった。
 私は、いつになく集中した。
教室の中央に置かれた、ざるに盛られた果物を描いた。

 翌週、ベテランの教官から作品とその評価が渡された。
最後の最後に、私の名前が呼ばれた。

 「この絵は君のですか。」
のぞき込むようにして、顔を見られた。
「大変素晴らしい。好みもあるでしょうが、
この色合いと構図がいい。
 もしよかったら、私にゆずってくれませんか。
今後の講義で使いたいので・・。」

 何を言われているのか、しばらくは理解できなかった。
ゆっくり反すうした。
 その絵に未練などなかった。
単位が欲しかった。
 「うれしいです。もらって頂けるなんて。」

 講義を終え、その老教官は、
私の絵を持って、嬉しそうに退室していった。

 自分の絵を褒めてもらったのは、
小学校1年生以来、2度目だった。


  ⑤ 展覧会で出会う

 教員として、日々を東京圏で過ごした。
大都会には、沢山の刺激が待っていた。

 特に、音楽コンサート、演劇、スポーツ観戦、そして展覧会。
それらの全てが、今の私に生きている。
 もし、それらに触れていなければ、
豊かさと無縁で、貧相なままの私だったと思う。
 東京に感謝である。

 いつしか展覧会にも、魅せられるようになった。
気の向くまま、足を運んだ。
 東京圏での、最初と最後の展覧会を記す。

 赴任してまもなく、図工の先生から展覧会に誘われた。
同僚4、5人で、日本橋のデパートの特設会場に行った。

 メキシコの画家の展覧会だった。
確かシケイロスという名だった。
 壁画を得意としているようで、1つ1つの絵が大きかった。

 一面、真っ赤な風景画に釘付けになった。
まぶしい程の赤色だった。
 「きっとメキシコの太陽の色なんだね。」
図工の先生が、私の横で教えてくれた。

 しばらくその絵の前から離れられなくなった。
「シケイロスの赤はすごい。本物だ。」
何も分からないのに、そう感じた。
 以来、この時の赤が、私にとって最高の赤色になっている。

 伊達に移住する間際だった。
東京国立博物館140周年特別展
・『ボストン美術館「日本美術の至宝」』があった。
 そこで江戸時代の奇才・曽我簫白の水墨画を初めて見た。

 幾つもの作品の中に、
縦165センチ、横10、8メートルの巨大水墨画があった。
 この展覧会に合わせ、ボストン美術館が修復したと言う。

 『雲龍図』と名があった。
『墨一色が生み出したスペクタクル、見る者を圧倒する迫力』
とふれ込みがあった。
 言葉通り、その凄さに後ずさりしそうになった。

 一度はその場から離れたが、引き返して、
今度は長時間見続けた。

 こんな力強い絵を描くエネルギーが、日本人の画家にもあったのか。
そんな驚きを、無知なりに知った。
 龍の顔を、真正面から捉えている大胆さにも、胸が騒いだ。

 順路の最後に、記念品売場が特設されていた。
あの『雲龍図』の模写が、掛け軸になっていた。
 高価な値がついていた。

 その日は見送ったが、あきらめがつかなかった。
私の退職記念と称して、後日、買い求めた。
 今は、我が家の和室で、
その龍が、毎日、私をにらんでいる。
 背筋が、ピンと伸びる。



 歩道の片隅に スイセンの芽だ! 
コメント
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