徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

民謡の遷移(1)

2025-03-02 13:48:11 | 音楽芸能
 まだ今日のような通信手段がなかった時代、ある地方の民謡が海路、陸路を往来する人々によって遠く離れた地方に伝わる。そんな例は枚挙にいとまがないほどだが、いくつかの代表的な例をあげてみたい。今日はその第1回として「ハイヤ節」を取り上げてみた。

 天草の「牛深ハイヤ節」は全国ハイヤ系民謡の源流だといわれる。牛深は天然の良港として江戸時代から明治初期にかけて海道の要衝であり、行き交う廻船の船乗りたちが聞き覚えた唄や踊りを日本各地に伝えたといわれる。廻船の寄港地は全国何十箇所とあり、それぞれの港にも民謡はあったはずなのになぜか、「牛深ハイヤ節」が船乗りたちによって各地の港に伝えられたのは、各港での酒席において船乗りたちを高揚させるノリ(グルーブ感)が際立っていたからではないかと思われる。
 牛深を立ち、大坂を経由した廻船は北前船として瀬戸内海を通り、下関を回って日本海を北上した。最終的には北海道の松前に向ったが、津軽地方に入ると、鯵ヶ沢や青森、野辺地などの港へ寄港し、酒席で船乗りと港の女たちが入り混じって盛んに「ハイヤ節」を唄い踊った。そして「ハイヤ節」は、牛深から1600㌔も離れた津軽の風土に晒されながら「津軽あいや節」へと変化して行った。

立方 はつ喜月若・花童あやの・花童あかね・花童ゆりあ
地方 【 唄 】本條秀美・西村直子
   【三味線】本條秀美・本條秀紫・蒲原サヤ子・勇美智子
   【鳴 物】中村花誠と花と誠の会

    若手津軽三味線奏者として今注目されている駒田早代の「津軽あいや節」


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