徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

藤崎八旛宮 藤祭り

2020-04-16 10:59:54 | 熊本
 4月15日は藤崎八旛宮の年中行事の一つ「藤祭り」の御当日祭の日。この祭りは承平5年(935)、石清水八幡宮から勧請を受けて創建され鎮座する時、勅使が馬の鞭としていた石清水の藤の枝を挿したところ芽が生じ枝葉が繁茂したという言い伝えに由来するもの。「藤崎」の名もその奇瑞に由来するという(諸説あり)。藤の花が咲く4月、神恩に感謝し五穀豊穣と諸行の繁栄とを祈願するもの。


祭祀を執り行う神職と巫女が入場


境内の藤棚


仕舞奉納(喜多流能楽師・狩野了一さん)

客が消えた城彩苑

2020-04-15 17:28:22 | 熊本
 昨日、熊本城二の丸公園まで散歩したついでに桜の馬場の城彩苑をのぞいてみた。昨年12月21日以来、4ヶ月ほどここを訪れていないが、入ってみて驚いた。人の姿が見えないのだ。かつて中国人など外国人を主とする観光客で溢れかえっていた苑内は閑散としていて怖いほどだ。もちろんほとんどの店舗やわくわく座なども休業しているので当然と言えば当然なのだが。今回のコロナ禍の大きさを実感すると同時にあらためて危機感を強くした。


城彩苑入口付近


親水空間付近


行幸橋たもとの清正公銅像付近


行幸橋へ向かう坪井川堤の道


2011年3月5日 城彩苑開業の日

若葉のころ ~熊本地震から4年~

2020-04-14 17:15:19 | 熊本
 熊本地震の前震の日から今日でちょうど4年。世はコロナ騒動の真っ最中、熊本地震のことはつい忘れがちだ。だが、仮設住宅にはまだ3千人を超える被災者が居住しておられるというし、近所にも最近になってやっと家の改築に着手されたところもある。近くの夏目漱石内坪井旧居もやっと復旧工事が始まった。地震後、家が解体されて更地になった後、駐車場になったり、ビルが建ったりしているが、そこに住んでいた人たちはどこに行ったのだろうか。メディアは熊本城の復旧状況などを華々しく報道しているが、復興の道はまだまだ遠いと言わざるを得ない。
 そんな中で始まったコロナ騒動。わずか4年の間に起こった二つの災厄。一生のうちに一度あるかないかのことが二つも起きてしまった。われわれが生きた時代は、後世どのように語られるだろうか。目に沁みるような若葉を眺めながらそんなことを考えていた。


熊本城二の丸広場

肥後のシンデレラストーリー

2020-04-13 21:58:38 | 文芸
「Stay Home」が合言葉になったりしていますが、ただでさえあまり出歩かないのに、ますます「巣篭り族」になりそう。一日の大半をテレビを見て過すことになりますが、どんな番組を見ても心から楽しんでいないことに気付きます。
 そんな気分の昨日、映画「シンデレラ」を放送していました。ディズニーの実写版ですが、今回が初見です。われわれの世代は小学生の頃にディズニーのアニメの方を見ているので、話そのものは特に目新しさもなく、魔法などの場面もCGに慣れ切っているので驚きもありません。ケネス・ブラナーという実力派監督はいったい何をやりたかったのか。やはり子供の頃からの憧れが強いんだろうなぁという感じですね。
 いわゆる「シンデレラストーリー」の起源はなんと紀元前に遡るらしく、以来、世界中で好まれる物語なのでしょう。日本でも平安時代の「落窪物語」がありますし、清少納言が枕草子の中で「落窪物語」に触れているくらいですので当時も人気があったのでしょう。熊本にも肥後民話として伝わる「シンデレラストーリー」があります。おそらく「落窪物語」を知っている教養のあるお年寄りが子どもたちに聞かせたのでしょう。どちらかというと復讐ものに近い「落窪物語」に比べ、肥後版は風流な趣きが感じられます。
 今日はわが敬愛する荒木精之先生の再話バージョンを掲載してみました。


夢舞台 ~本丸御殿の6年~

2020-04-12 13:26:25 | 音楽芸能
 今朝も息子の出勤を車で送りましたが、雨が降っていることもあり人や車の少なさに異様さを感じます。送った帰り、千葉城橋の前で信号待ちをしていると熊本城本丸御殿の屋根の一部が見えます。ふと「最後に本丸御殿に上ったのはいつだったろうか…」と。家に帰ってから調べてみると、熊本地震の前年、2015年10月17日が最後だったようです。
 2010年から6年間で、本丸御殿に上ったのは、おそらく30回は下らないだろうと思いますが、本丸御殿大広間で舞踊団花童や邦楽演奏家の皆さんが繰り広げた「宴」は、まさに夢舞台でした。本丸御殿の復旧は10数年先だそうですので、僕が本丸御殿に上ることはもうないかもしれません。
 6年間の思い出は写真や動画と、それらを使って投稿したブログやYouTubeが残っていますが、いつか集約してみたいと思っています。平成時代の文化史料になるかもしれません。今日はそのごく一部を掲載してみました。


終演後、ザ・わらべ&こわらべのメンバーは御膳立之間の前でお客様のお見送り。


五木の子守唄


京ものがたり


阿蘇くぎの花盛り音頭


肥後の殿様


肥後の女


潮来三曲集


水前寺成趣園


素囃子 越後獅子


菊の舞


終演後、本丸御殿を出て闇御門(くらがりごもん)をくぐると目の前にライトアップされた大天守が。


   ▼奴だこ(動画)

大林宣彦監督の訃報

2020-04-11 10:40:12 | 映画
 ご病気のこともあったので覚悟はしていたもののやはり寂しさを禁じ得ない。これまで多くの作品で楽しませていただいた。「はるか、ノスタルジィ」「異人たちとの夏」「なごり雪」など忘れられない作品ばかりだ。特に残念だったのは既に企画化されていた熊本が舞台の「つばき、時跳び」を未着手のまゝ逝かれたことだ。できることなら生前交流があったと聞く行定勲監督に引き継いでいただければ嬉しいのだが。また、テレビ番組で熱く語っておられた「伊豆の踊子」大林宣彦バージョンも見てみたかった。心からご冥福を祈る。合掌。
 先月末の佐々部清監督に続く好きな映画監督の訃報に、ますます自分の生きた時代が終わりつつあることを感じる。


「つばき、時跳び」の舞台になるはずだった花岡山(熊本市西区)

▼4月12日 熊日新聞朝刊より

北岡神社の舞殿

2020-04-08 20:04:17 | 伝統芸能
 北岡神社(熊本市西区)は熊本地震で半壊した神楽殿に代わる「舞殿(ぶでん)」の建設を進めているが、4月4日に上棟式が行われたことがニュースで報じられた。新しい舞殿は舞台のまわりに回廊を設けた構造で、神楽や能・狂言のほか、地域のイベントの芸能などにも使えるようにするという。完成は7月の予定。
 北岡神社は肥後能楽の歴史を刻んだ由緒ある古社。承平四年(934)に祇園社(八坂神社)が京都より勧請されるのに伴い、六人の楽人が供奉して肥後に定住し、やがてその子孫が祇園社(北岡神社)専従の能楽師となった。その系譜に連なる家の一つが友枝家。
 江戸時代において、熊本の能楽は、祇園社(北岡神社)の猿楽座である本座と、藤崎八旛宮の猿楽座ながら祇園社の祭礼にも勤仕していた新座とによって営まれており、本座の能大夫が喜多流の友枝家、狂言大夫が小早川家、新座の能大夫が金春流の桜間家、狂言大夫が野間家だった。また、彼らは神事能にとどまらず、細川氏のお抱え役者として藩主主催の演能などにも勤仕し、肥後能楽の隆盛を支えた。
 そんな歴史を持つ北岡神社に新築される舞殿は、また新たな歴史の舞台となることだろう。
【参考文献】
 「狂言師・野間善左衛門小伝」小林責著
 「江戸時代諸藩における能役者の身分」竹本幹夫著



北岡神社


建設工事が進む舞殿


完成予想図


藤崎八旛宮例大祭奉納能で後見を務める人間国宝・友枝昭世師(写真左端)

法華坂のはなし。

2020-04-07 20:51:20 | 歴史
 新町の熊本市子ども文化会館から二の丸駐車場に向かって登る坂を法華坂(ほっけざか)と呼ぶ。この坂は熊本城内を通る豊前・豊後街道の一部でもあり、薩摩藩の参勤交代の行列もここを通過した時代もある。住江門から二の丸に入り、熊本藩の武家屋敷が立ち並ぶ中を通るので一触即発の状態になったこともあるという。一般の旅人も通っていたが、この法華坂はもの寂しいところだったらしく、「ノッペラポンの話」が肥後民話として残っている。小泉八雲の「怪談」の中の「貉(むじな)」と似た話だが、昔はこうした坂にまつわる話が各地にあるようだ。なお、坂の途中には明治9年に起きた「神風連の乱」を率いた 太田黒伴雄の終焉之地の碑がある。
 坂の案内板には次のような説明が書かれている。

法華坂(ほっけざか)
 この坂は、新一丁目御門から城内へ入る要衝に当る。坂の上にはもと天台宗の三宝院という寺があった。加藤清正は肥後半国の領主となった後、父弾正清忠菩提のため大坂に建立していた本妙寺を、この三宝院の跡に移した。法華宗(日蓮宗)の本妙寺が置かれたため、以後この坂を法華坂と呼ぶようになったと伝えている。
 本妙寺は、慶長十九年(1614)に中尾山に移されたが、坂は昔のままの名で呼ばれている。


法華坂

Parsley, sage, rosemary and thyme

2020-04-06 15:39:31 | 音楽芸能
 庭のチェリーセイジが花開き始めた。可愛らしい赤い花に鼻を近づけてみたが、まだあのサクランボのような匂いはしない。満開の時期にならないと匂いやハーブとしての効能はないのだろう。
 思わず「Parsley, sage, rosemary and thyme」という「スカーボロー・フェア」のリフレインが口をついて出る。この歌の中でまるで呪文のように繰り返されるが、17世紀頃からイギリスで歌われていた民謡らしい。ダスティン・ホフマン主演の映画「卒業」の中で使われたサイモン&ガーファンクルのバージョンが一躍有名になったが、それより数年前、僕らの学生時代には、当時ブリティッシュポップスのアイドル的存在だったマリアンヌ・フェイスフルも歌っていて、僕はそちらの方が好きだった。




長州ファイブと「品川甚句」

2020-04-05 20:29:46 | 伝統芸能
 今日放送された「民謡魂 ふるさとの唄」(NHK総合)は山口県山口市から。残念ながら新型コロナウイルス感染防止のため無観客で収録されたもの。近代日本の礎を築いた長州の若き5人のサムライ「長州ファイブ(後の伊藤博文や井上馨ら)」のイギリス留学などをミニドラマで描きながら、山口県や周辺地方の民謡が紹介された。元山口県民として興味深かったのは「品川甚句」。この唄の歌詞には長州弁が含まれているし、この唄が唄われた江戸四宿の一つ品川宿には幕末に長州藩士が逗留していて、それは名作映画「幕末太陽傳」にも描かれているが、この番組のようにハッキリと長州藩士と「品川甚句」とのかかわりを描いたのは多分初めてではないかと思う。


(唄)大野実佐子



桜と人出

2020-04-04 21:56:31 | 熊本
 新型コロナ騒動が始まってから、本来はバス通勤の息子を車で送迎している。今日、熊本城周辺を通ると桜は満開。既に花吹雪も舞い始めているようだ。これは見逃してなるものかとばかり、昼飯の後、歩いて見に行った。他人との距離を十分にとりながら感染予防もおさおさ怠りない。いつもの桜の時季に比べるとはるかに人出は少ないが、家に閉じこもっていたであろう子供を連れた家族の姿が目についた。「いつもの年にくらべ今年は花のつきが悪いなぁ」と言う人がいた。人出が少ないことと何か関係があるのだろうか。




じじいの「はぶてぐち」

2020-04-03 19:16:47 | 世相
 熊本弁に「はぶて口」という言葉がある。祖母がよく使っていた。悪口や憎まれ口のような意味だったと思う。何かにつけていちいちケチをつける人を「はぶて口ばかる言う」というような表現をしていた。熊本ではあまり聞かないが、中国・四国や九州の一部などで「はぶてる」という動詞を使うらしい。意味は同じで悪口や憎まれ口を言うことのようだ。相当広い地域で使われるということから推察すると、かなり古い言葉で、中世の頃から使われているようだ。
 それはさておき、ブログでは極力「はぶて口」は言わないように努めているが、昨今の新型コロナウイルスに対する政府の対応ぶりを見ていると「はぶて口」を言わずにはいられない。未曽有の感染拡大の前に政府は当事者能力を失っているのではないか。「…の見とおし」だとか「…を検討」とかはもう聞き飽きた。マスクの増産対策も一向に成果が見えないし、休業要請に対応する補償の問題は一刻を争うはず。休んでも給料を減らされることがない人たちだから切実感がないのだろうなぁ。


立田山の桜

平成文化の薫り

2020-04-02 19:49:09 | 音楽芸能
 2010年から2015年の間、熊本城本丸御殿で盛んに行われていた「春の宴」や「秋夜の宴」などの催事の映像をあらためて見直すと、その文化的価値の高さを再認識させられる。本丸御殿は熊本城築城四百年記念事業として1999年から復元工事が始まり、2007年に完成した。翌2008年4月から一般公開が始まったが、当初は制約が多く腫れ物に触るような公開だった。2010年に入り、さらなる観光振興のため、大広間で伝統芸能を中心とした催事が行われるようになった。そしてその多くでメインキャストを務めたのが少女舞踊団ザ・わらべ。当時の映像を見ると実に豊かな平成文化の薫りを感じさせる。残念ながら2016年の熊本地震で本丸御殿は甚大な被害を受け、復旧工事は8~10年後の計画だという。我々の年代以上はもう見ることはできないかもしれないが、かつて大広間で繰り広げられた芸能の数々は後世の人々にとって平成時代の貴重な文化史料になるかもしれない。そういう想いを込めて映像の再編集、再アップを進めている。
 そんな映像の中から、今日は「藤本喜代則編」として、民謡・端唄三味線藤本流の師範、藤本喜代則さんが唄・三味線を担当された10本を掲載してみた。


本丸御殿大広間

▼藤本喜代則トリビュート編
潮来三曲集(熊本バージョン)https://youtu.be/sR6FvnWKrKY
品川甚句 https://youtu.be/RrnL9iZiIcM
ポンポコニャ https://youtu.be/7ctHB872sBM
熊本自転車節 https://youtu.be/kCkbLFr3gvk
藤寿三番叟 https://youtu.be/atsE_wBNDc0
おてもやん https://youtu.be/U6IzgFIAlxU
草の芽 https://youtu.be/SexYRdCPzVM
桃太郎 https://youtu.be/yd_qf68R4X4
阿蘇くぎの花盛り音頭 https://youtu.be/1cQp3ISHYJc
だるま踊り https://youtu.be/qSpA4QIIu1Y


おかげ参り

2020-04-01 13:54:30 | 熊本
 今日から4月。しかし、毎月恒例の藤崎八旛宮や加藤神社への朔日参りは自粛する。身近なところでコロナ感染の情報、いよいよ迫って来たなという実感あり。とにかく自分や家族のできる防衛策を徹底するしかない。
 コロナが終息し、本妙寺へ「おかげ参り」をする日が一日も早いことを願う。


本妙寺・桜馬場から胸突雁木へ