華やかな三つのねがい/星新一ちょっと長めのショートショート/宇宙のあいさつ/和田誠・絵/理論社/2005年
人生最後の食事を終え、湖にやってきた彼女が薬をとりだし、湖の水をすくって飲もうとする瞬間、地味な服装の中年ぐらいの男から声をかけられます。
この世のものではないような感じ、相手の異様さ、出現のタイミング。死神が迎えに来たのかと思うと、悪魔だという。
「生きていたって、悲しく苦しいことばかり」という彼女は、失恋の痛手で都会から死ににやってきていたのです。
「もし望みどおりの好きな人生をすごせるなら、思いとどまりますか」と、悪魔は彼女に三つの希望をかなえてさしあげますといいだします。
「不老不死でもいいの・・」という彼女に、「それを願うかたもときたまいますが、すべてのかたが二度目か三度目で、その取り消しを願いでますよ」といわれ「あたし、芸能界のスターになりたいんですけれど」というと、男はいつの間にか消えてしまいます。
ホテルにかえった次の朝、テレビ映画のロケーションにきていた男から声をかけられ、急病になった出演女性のかわりをつとめ、小さなプロダクションにはいり、歌のレッスンを受けます。
テレビの歌番組にちょっと出演したときは、ほかの歌手を圧倒する人気。社長はレコード会社に売り込み、大がかりな宣伝で街を歩けばどこかでその曲が鳴っているといったヒットになりました。しかし彼女は、自分でそれをたしかめることができませんでした。彼女は社長から買ってに出歩かないよう念をおされていたのでした。
ある日、ささやかな抵抗のつもりで、外に出ると、「お貸ししてあるお金を、早く返してください」といわれます。プロダクションは有名スターにするため、慈善事業に寄付をした、だれに熱をあげられているといった虚像を借金までしてつくりあげていたのです。
有名になればなるほど借金がふえていくしかけに泣き疲れた彼女の前に、悪魔があらわれます。
あと二つという権利があるという悪魔に、お金持ちにするよう頼みこみます。
おもちゃの特許使用料で彼女のお金はどんどん増え始めます。彼女はなるべく自分の名を出さないようにし、人前にはでず、インタビューなどからも逃げまわりました。それでもけっこうつきまとわれます。そしてその用件はきまったように彼女の金がめあてでした。財産がふえるに比例して、彼女は人が信用できなくなります。お金さえあればなんでも手にはいるという、彼女の期待は裏切られます。
またあらわれた悪魔に「いつも望みはかなうけど、いやなことがつきまとう。あれ、みんなあなたのしわざなんでしょ」という彼女に「わたしはきっかけを作るだけ。あとはしぜんにそうなってしまうのです。世の中のせいですよ。わたしの責任にされては迷惑です。」と悪魔。
名声やお金ではなく、たいせつなのは愛情だと気がついた彼女の三つ目の願いは、悪魔との結婚でした。
ところが亭主になってからの悪魔は、すっかり平凡になってしまいます。彼女はそこが物足りませんでしたが、名声も金もむなしい、やはり、おだやか家庭にまさるものはないと考えるようになりました。
有名になること、お金持ちになることは、誰でも一度は考えることでしょうか。しかし、世の中そんなにうまくいくとはかぎりません。死のうと思った彼女の前に悪魔が現れ、三つの願いをかなえてあげるというのは昔話にもよく見られるシチュエーションです。
ところでもうけたつもりの大金を、税務署が来てごっそり持っていき、歌手時代の債権者がかぎつけて持って行ってしまうのには笑ってしまいました。