水頭症の国際学会「Hydrocephalus 2024」が9月13日~16日に名古屋で開催されます.当科からは大学院生の山原直紀先生がシンポジストに選ばれました.以下が演題名です.
Naoki Yamahara, Takayoshi Shimohata. Cerebral perfusion SPECT may help predict shunting effectiveness in patients with PSP and Hakim’s disease.
医局会の予行は堂々としたプレゼンでした.みんなでいろいろ質問しましたが,そのなかに「そもそもHakim’s diseaseって何?」という質問がありました.簡単な説明をしましたが,きちんと解説したいと思います.
ハキム病は聞き慣れない病名ですが,特発性正常圧水頭症(iNPH)のことです.いつからそのように呼ばれるようになったかというと最近のことで,以下の総説で提唱されました.
Tullberg M, et al. Classification of Chronic Hydrocephalus in Adults: A Systematic Review and Analysis. World Neurosurg. 2024 Mar;183:113-122.(doi.org/10.1016/j.wneu.2023.12.094)
国際水頭症学会がガイドライン改訂の前に,まず名称を整理する必要があると考えシステマティックレビューを行いました.発症年齢,症状,病態生理等に基づいて,下記の7つに分類し,iNPHを「Hakim’s disease」と変更することを提案したわけです(https://www.qlifepro.com/news/20240125/inph-hakims-disease.html)
①Hakim’s disease,②Early midlife hydrocephalus,③Late midlife hydrocephalus,④Secondary hydrocephalus,⑤Compensated hydrocephalus,⑥Genetic hydrocephalus,⑦Transitioned hydrocephalus
グループは「iNPHをハキム病と名称を改めることで,アルツハイマー病やパーキンソン病と同等なレベルまで国際的な認知度を高め,症状が重症化するまで発見されない患者を減らすことに貢献したい」と述べています.脳外科の先生方が主体の議論であったため,脳神経内科領域ではいまひとつ注目されてないのかもしれません.
次の疑問は「Hakimって?」です.これはこの疾患を提唱したSalomon Hakim博士(1922 - 2011)に由来します(図1).コロンビアの脳神経外科医かつ発明家と,国際水頭症学会のHPに紹介されていました(https://ishcsf.com/salomon-hakim/).Hakim博士は幼少期から物理学や電気学に強い興味を示しました.コロンビアのボゴタで高校を卒業し,22歳で医学部に入学しましたが,その後も電気に対する情熱を持ち続け,消化器の電気出力や低電圧が子宮収縮に与える影響などを研究していました.
1950年代に脳神経外科と神経病理学を学ぶために渡米しました.そこで脳室が肥大しているものの大脳皮質に障害のない症例の存在に気づき研究を続けました.1965年にHakim博士と上司のAdams博士が3症例の報告をしています.進行性の神経症状を呈する患者で,腰椎穿刺では脳脊髄液圧が正常にもかかわらず,圧を下げることで臨床的な改善が見られました.脳室の拡大が症状を引き起こす原因である可能性を指摘しています.その後,Hakimは脳脊髄液の圧を調整する安全な単方向弁を発明し,1966年に臨床に導入しました.現代のすべての弁は彼の発明に基づいて作られているそうで,種々の発明は28以上の米国特許になったそうです.
原著を読んでみましたが,前半はMRIがない時代,血管造影と気脳写で脳室の拡大を示しています(図2.この情報による診断能力に驚かされます).
後半は「物理学の論文ですか!」という感じで,5つのFigureを使って,パスカルの法則を球形の弾性容器に適用し,直径が増加すると圧力が低下するものの,面積が拡大するにつれて壁にかかる力が増加することを示しています.つまり脳脊髄液圧が正常範囲内であっても,脳室が拡大することで脳にかかる力が増加し,症状が持続または悪化する可能性があることを示すものです(図3).iNPHの管理において,圧力と脳室の大きさの両方を考慮する重要性を強調しているのですが,今まで考えたことのない観点で,Hakim先生,すごいなあと思いました.
Hakim S, Adams RD. The special clinical problem of symptomatic hydrocephalus with normal cerebrospinal fluid pressure. Observations on cerebrospinal fluid hydrodynamics. J Neurol Sci. 1965 Jul-Aug;2(4):307-27.(doi.org/10.1016/0022-510x(65)90016-x)
Naoki Yamahara, Takayoshi Shimohata. Cerebral perfusion SPECT may help predict shunting effectiveness in patients with PSP and Hakim’s disease.
医局会の予行は堂々としたプレゼンでした.みんなでいろいろ質問しましたが,そのなかに「そもそもHakim’s diseaseって何?」という質問がありました.簡単な説明をしましたが,きちんと解説したいと思います.
ハキム病は聞き慣れない病名ですが,特発性正常圧水頭症(iNPH)のことです.いつからそのように呼ばれるようになったかというと最近のことで,以下の総説で提唱されました.
Tullberg M, et al. Classification of Chronic Hydrocephalus in Adults: A Systematic Review and Analysis. World Neurosurg. 2024 Mar;183:113-122.(doi.org/10.1016/j.wneu.2023.12.094)
国際水頭症学会がガイドライン改訂の前に,まず名称を整理する必要があると考えシステマティックレビューを行いました.発症年齢,症状,病態生理等に基づいて,下記の7つに分類し,iNPHを「Hakim’s disease」と変更することを提案したわけです(https://www.qlifepro.com/news/20240125/inph-hakims-disease.html)
①Hakim’s disease,②Early midlife hydrocephalus,③Late midlife hydrocephalus,④Secondary hydrocephalus,⑤Compensated hydrocephalus,⑥Genetic hydrocephalus,⑦Transitioned hydrocephalus
グループは「iNPHをハキム病と名称を改めることで,アルツハイマー病やパーキンソン病と同等なレベルまで国際的な認知度を高め,症状が重症化するまで発見されない患者を減らすことに貢献したい」と述べています.脳外科の先生方が主体の議論であったため,脳神経内科領域ではいまひとつ注目されてないのかもしれません.
次の疑問は「Hakimって?」です.これはこの疾患を提唱したSalomon Hakim博士(1922 - 2011)に由来します(図1).コロンビアの脳神経外科医かつ発明家と,国際水頭症学会のHPに紹介されていました(https://ishcsf.com/salomon-hakim/).Hakim博士は幼少期から物理学や電気学に強い興味を示しました.コロンビアのボゴタで高校を卒業し,22歳で医学部に入学しましたが,その後も電気に対する情熱を持ち続け,消化器の電気出力や低電圧が子宮収縮に与える影響などを研究していました.
1950年代に脳神経外科と神経病理学を学ぶために渡米しました.そこで脳室が肥大しているものの大脳皮質に障害のない症例の存在に気づき研究を続けました.1965年にHakim博士と上司のAdams博士が3症例の報告をしています.進行性の神経症状を呈する患者で,腰椎穿刺では脳脊髄液圧が正常にもかかわらず,圧を下げることで臨床的な改善が見られました.脳室の拡大が症状を引き起こす原因である可能性を指摘しています.その後,Hakimは脳脊髄液の圧を調整する安全な単方向弁を発明し,1966年に臨床に導入しました.現代のすべての弁は彼の発明に基づいて作られているそうで,種々の発明は28以上の米国特許になったそうです.
原著を読んでみましたが,前半はMRIがない時代,血管造影と気脳写で脳室の拡大を示しています(図2.この情報による診断能力に驚かされます).
後半は「物理学の論文ですか!」という感じで,5つのFigureを使って,パスカルの法則を球形の弾性容器に適用し,直径が増加すると圧力が低下するものの,面積が拡大するにつれて壁にかかる力が増加することを示しています.つまり脳脊髄液圧が正常範囲内であっても,脳室が拡大することで脳にかかる力が増加し,症状が持続または悪化する可能性があることを示すものです(図3).iNPHの管理において,圧力と脳室の大きさの両方を考慮する重要性を強調しているのですが,今まで考えたことのない観点で,Hakim先生,すごいなあと思いました.
Hakim S, Adams RD. The special clinical problem of symptomatic hydrocephalus with normal cerebrospinal fluid pressure. Observations on cerebrospinal fluid hydrodynamics. J Neurol Sci. 1965 Jul-Aug;2(4):307-27.(doi.org/10.1016/0022-510x(65)90016-x)