Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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多発性硬化症新規治療薬Natalizumabは進行性多病巣性白質脳症を引き起こしうる

2005年08月01日 | 脱髄疾患
インテグリンは,細胞接着蛋白質(フィブロネクチン,ビトロネクチン,コラーゲンなど10数種類)に対する細胞表面上の受容体蛋白の総称である.αサブユニットとβサブユニットが1対1に非共有結合で会合したαβヘテロダイマーにより形成され,組み合わせによって結合するリガンド特異性が異なる.そのうちα4β1インテグリンはVLA-4(very late antigen-4)と呼ばれ,白血球の細胞表面に発現される接着分子であり,その主なリガンドはVCAM-1(vascular cell adhesion molecule-1)である.MSの脱髄病巣にはリンパ球や単球が多く含まれており,炎症細胞が末梢循環から最初に病巣内の血管内皮細胞と接着し,脳実質内に侵入するものと考えられている.VLA-4はこれらリンパ球や単球の細胞表面に表出され,血管内皮細胞の接着,脳実質内への侵入において重要な因子と考えられている.このα4β1インテグリンに対するヒト特異的抗体がnatalizumabである.
natalizumab はMSおよびクローン病といった炎症性腸疾患において有効性が確認されている.アメリカでは2004年11月,米Biogen Idec社とアイルランドElan社のTYSABRI(タイサブリ:natalizumabの商品名) が「MSの再発回数を減らす」という効能にてFDA(米国食品医薬品庁)に承認された.2つの1年間にわたる第3相試験結果をもとにしての迅速承認であった(1つは単剤の試験AFFIRMで,もう1つはInterferon -1a [AVONEX]との併用試験SENTINEL).とくにSENTINEL試験については2005年の米国神経学会でも非常に大きく取り上げられた(関連記事;2004年11月28日,2005年4月20日).また今月になってSENTINEL試験が2年目のプライマリーエンドポイントを達成したと発表され,AVONEX単剤に比べて,AVONEXとTYSABRIの併用は,2年目時点での症状進行のリスクを24%低下させ,さらに再発割合が56%低下したと報告している.再発低下率は有意であり,2年間にわたってその効果は継続したという結果になる.
しかしである!最新号のNEJMにnatalizumab使用に伴う進行性多病巣性白質脳症(PML;潜伏感染していたJCウイルスが免疫不全状態にある患者の脳内で活性化されて初めて病原性を現す稀な疾患.成人の70%はこのウイルスの抗体を保有していることが判明している)の合併例に関するケースレポートが3題報告された.結果としてこれまでに計4例PML合併例が報告されたことになる(2例が報告された時点でTYSABRIの販売・投与は中断されている).このうちの3例はAVONEXとTYSABRIの併用であり,残り1例はTYSABRI単独使用例(クローン病患者)であった.とくにTYSABRI単独使用例では,単独治療中における血中JC virus copy数の上昇が明らかに示されている.当初,2剤併用により免疫能が低下しすぎたためPMLを発症した可能性も考えられたが,TYSABRI単独でもPMLが発症することを示したという点で今回の報告は重要である.一方,AVONEX単独使用でPMLを発症した症例はないとFDAは報告している.
PMLは非常にまれな疾患であり,これまで他の免疫抑制剤を使用したMS症例においてPMLの合併例の報告はなかったことから,FDAにTYSABRIの安全性を説得することは困難であるものと思われる.極めて有効性が高いと思われたnatalizumabがMS治療に使用できなくなることが予想され非常に残念な結果となってしまった.
 それにしてもMSの治療薬について考えるといつも感情的になってしまうが,日本の医薬品承認制度は一体どうなっているのだろう.アメリカの友人医師と話をしていて「アメリカの医薬品承認が非常に速くて羨ましいというあなたの感想にはビックリだ.私たちはヨーロッパと比べてFDAの承認があまりに遅くて本当にいらいらしている」と言われ,こちらもビックリしてしまった.例えば前述のAVONEXは日本でも2000年半ばから治験が始まり,2002年半ばに終了している.現在,承認審査中というわけだが,3年のあいだ一体何をやっているのだろう.この辺のところは「NPO法人MSキャビン」のホームページからある程度の情報を得ることができる.
http://www.mscabin.org/avonex.html
また以下のMS専門医師グループの厚生労働省への要望書もMSの治療薬審査の現状を知る意味で役に立つ.
http://www.h2.dion.ne.jp/~msfriend/yaku/shinyak1.html
読んだみなさんはどんな感想をもたれるのであろうか?

N Eng J Med 353; 362-368, 2005
N Eng J Med 353; 369-374, 2005
N Eng J Med 353; 375-381, 2005
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2 Comments

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Unknown (ななし)
2005-08-02 23:08:50
卒後10年目の神経内科医です.この記事には私も本当にびっくりしました.接着因子は何しているのか本当は分かっていないんだなあということと,モノクローナル抗体はやっぱり怖いと正直思いました.AVONEXの場合は,症例数の少なさなどが問題になっているようですね.Betaferonについては,明らかなresponderは3~4割程度ですよね.それにかかる患者さんの手間とか,いろんな副作用とか,医療費の問題とか考えると,こんなんでいいんだろうかと強く強く思います.
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Unknown (pkcdelta)
2005-08-03 02:20:26
コメントありがとうございます.ご指摘の通りだと思いました.現状がおかしいと思っている神経内科医や患者さんが協力して,何とか良い方向に持っていかねばなりませんよね.
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