Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

低血糖脳症 ―動物モデルの確立と治療を目指して―

2015年06月19日 | その他
糖尿病の治療は,食後高血糖を是正することを目的として行われる.治療薬として,インスリン注射や種々の血糖降下薬が用いられる.しかし誤って大量に使用する,ないし,食事量が減少すると,低血糖の状態になり,とくに血糖値が20 mg/dl以下になると重篤な「低血糖脳症」を来しうる.近年,この低血糖脳症が増加していることが報告され,実際,個人的にも重篤な患者さんが増えている実感がある.この原因として,糖尿病患者さん自体が増加していること(日本では糖尿病患者数は721万人で,年間, 0.3%の2万人が低血糖にて病院に受診している),そして患者さんの高齢化や一人暮らしにより,低血糖の症状に速やかな対処ができず,重症化するケースが増えていることが考えられる.ブドウ糖は脳にとって,不可欠のエネルギー源であるため,低血糖脳症は脳に深刻なダメージ(意識障害,運動麻痺,認知症)を来す.しかしながら,救急外来でブドウ糖静注が無効であった場合,治療薬は一切ない.また,低血糖脳症に取り組む研究者は極めて少なく,かつ治療薬開発に必要な薬剤スクリーニングに適した動物モデルがない.

私達の研究チームは,低血糖脳症の治療薬開発を目指して,6年ほど前から,動物モデルの開発に取り組んだ.従来の動物モデルは,低血糖による脳障害は呼吸停止を来すため,人工呼吸器管理を行わざるを得なかった.このため非常に難易度が高く,治療薬スクリーニングの障壁となっていた.これに対し,私達は脳波をモニターしつつ,定量的に脳障害の程度を確認し,かつ人工呼吸器を使用しない範囲で脳障害を与えるラットモデルを確立した(短時間昏睡モデル).ヒトの低血糖脳症と同じ状況に近づけるため,血糖値をインスリンにて20mg/dlにまで低下させ,平坦脳波を2分,ないし10分間持続した後,ブドウ糖を静注し,(臨床研究で確認した)250 mgまで血糖値を増加させた.その後,変性神経細胞の程度をFluoro-Jade Bを用いて定量した.この結果,平坦脳波の時間に応じて変性神経細胞が増加すること,ならびに神経細胞毒性をもつアルデヒド4HNE(4-Hydroxynonenal)が脳内に発現することを確認した.その障害の程度は低血糖の時間が長いほど高度になることを見出した.

4HNEが低血糖脳症のブドウ糖投与後の神経細胞障害の原因となる可能があり,アルデヒドの分解を促進するアルデヒド脱水素酵素2アゴニスト(ALDH2アゴニスト)Alda-1をブドウ糖投与と同時に静注したところ,4HNE産生と変性神経細胞は減少した.以上の結果は,低血糖脳症に対する治療介入が可能である可能性を示唆するものである.低血糖脳症は今後さらに重要となる病態であり,関心を持って取り組む先生が増えることを期待したい.

Ikeda T et al. Effects of Alda-1, an Aldehyde Dehydrogenase-2 Agonist, on Hypoglycemic Neuronal Death.PLOSONE on line 



この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« Movement disorders grand ro... | TOP | MDS2015 Video Challenge @ S... »
最新の画像もっと見る

Recent Entries | その他