米国神経学会によるNeurol Clin Practice誌の最新号において,カリフォルニア大学アーバイン校Marina Ritchie先生らは,アルツハイマー病(AD)患者におけるAPOE遺伝子検査について重要な提案を行っています.
【APOE遺伝子検査をめぐる大きな変化】
まず著者らは,これまではAPOE遺伝子ε4/ε4ホモ接合のすべての人が若年でADを発症するわけではないため,AD診療において遺伝子検査は推奨されていなかったことを紹介しています.しかしレカネマブが臨床応用された今日,患者のリスク・ベネフィットを考えると,遺伝子検査は安全性に関する情報を提供するという重要な役割がある,つまりレカネマブ治療を希望する早期AD患者には,遺伝子検査の必要性について話し合う必要があると述べています(レカネマブはADにおけるAPOE遺伝子検査に,従来のガイドラインとはまったく異なる大きな変化をもたらしたわけです).逆にレカネマブ治療を希望しない患者やバイオマーカー検査が治療を支持しない患者では,遺伝子検査は臨床的価値がないとも述べています.
【APOE遺伝子検査の2つの大きな問題】
①遺伝カウンセリングの問題
◆患者・家族への心理的影響:ε4の保因者であることが判明した場合,(レカネマブ治療を断念するだけでなく)今後の不安につながる可能性があること,また患者がε4/ε4ホモ接合である場合,その子孫が保因者であることを明らかにしてしまうことを紹介しています.
◆医療への影響:脳神経内科医や遺伝専門医による患者教育やカウンセリングが必要となるものの,認知症患者数の増加にともなう需要に追いつくのにすでに苦労しているこの領域にさらなる負担をもたらすこと,また遺伝カウンセラーも同様に不足しているため,遺伝子検査がこの不足をさらに悪化させる可能性があることを紹介しています.
②費用負担の問題
検査費用を誰が負担するかについても議論がなされています.患者や家族が負担することになれば,患者が遺伝子検査を受けることを思いとどまる可能性があると述べ,臨床医は患者の経済的負担を最小限にすることによって,患者を支援すべきであると述べています.一方で,米国では,消費者による直接検査が広く普及しているため,脳神経科医は,すでに自分のAPOE遺伝子について知っている患者自身からその情報を提示されることが多いとも述べています(代表例としてQuest diagnostics社のアミロイド・バイオマーカー検査).
→ APOE遺伝子検査は保険収載されていないためその費用をどこから出すかが大きな問題です.可能性としては研究費,病院の持ち出し,自費検査,企業負担などになるでしょうか?
【臨床評価のための段階的ワークフロー】
著者らは下図のワークフローを提案しています.臨床評価→バイオマーカー検査(アミロイドPET,脳脊髄液検査)→APOE遺伝子検査の順に行うこと,そして患者に十分な情報に基づいた意思決定を行う機会を提供することが重要と述べています.上述の通り,遺伝子検査はレカネマブ治療を希望する患者にのみ実施することを強調しています.
→ 納得できる提案だと思います.ただしどこまでをかかりつけ医が行い,どこから専門医が関わるかという問題があります.うまく対応しないと次に述べる深刻な問題が生じます.
【今後の懸念】
最後に著者らはレカネマブが医療にもたらす影響を議論しています.具体的には①診断や治療に要する時間を劇的に増加させること,②認知症に関わる医師の不足をさらに深刻化させ,診断や治療の開始を遅らせ,患者が治療を受けられなくなる可能性さえあること,③地域によっては認知症ケアにおける現在の医療格差をさらに悪化させる可能性もあることを挙げています.解決策として,臨床チームを支援し,今後,若い医師がこの領域を選べるようなインセンティブが必要で,診療報酬の改訂は不可欠であろうと述べています.日本では医師の働き方改革が始まりますので①は悩ましい問題です.
Ritchie M et al. Apolipoprotein E Genetic Testing in a New Age of Alzheimer Disease Clinical Practice. Neurol Clin Pract. April 2024 issue 14 (2) https://doi.org/10.1212/CPJ.0000000000200230
【APOE遺伝子検査をめぐる大きな変化】
まず著者らは,これまではAPOE遺伝子ε4/ε4ホモ接合のすべての人が若年でADを発症するわけではないため,AD診療において遺伝子検査は推奨されていなかったことを紹介しています.しかしレカネマブが臨床応用された今日,患者のリスク・ベネフィットを考えると,遺伝子検査は安全性に関する情報を提供するという重要な役割がある,つまりレカネマブ治療を希望する早期AD患者には,遺伝子検査の必要性について話し合う必要があると述べています(レカネマブはADにおけるAPOE遺伝子検査に,従来のガイドラインとはまったく異なる大きな変化をもたらしたわけです).逆にレカネマブ治療を希望しない患者やバイオマーカー検査が治療を支持しない患者では,遺伝子検査は臨床的価値がないとも述べています.
【APOE遺伝子検査の2つの大きな問題】
①遺伝カウンセリングの問題
◆患者・家族への心理的影響:ε4の保因者であることが判明した場合,(レカネマブ治療を断念するだけでなく)今後の不安につながる可能性があること,また患者がε4/ε4ホモ接合である場合,その子孫が保因者であることを明らかにしてしまうことを紹介しています.
◆医療への影響:脳神経内科医や遺伝専門医による患者教育やカウンセリングが必要となるものの,認知症患者数の増加にともなう需要に追いつくのにすでに苦労しているこの領域にさらなる負担をもたらすこと,また遺伝カウンセラーも同様に不足しているため,遺伝子検査がこの不足をさらに悪化させる可能性があることを紹介しています.
②費用負担の問題
検査費用を誰が負担するかについても議論がなされています.患者や家族が負担することになれば,患者が遺伝子検査を受けることを思いとどまる可能性があると述べ,臨床医は患者の経済的負担を最小限にすることによって,患者を支援すべきであると述べています.一方で,米国では,消費者による直接検査が広く普及しているため,脳神経科医は,すでに自分のAPOE遺伝子について知っている患者自身からその情報を提示されることが多いとも述べています(代表例としてQuest diagnostics社のアミロイド・バイオマーカー検査).
→ APOE遺伝子検査は保険収載されていないためその費用をどこから出すかが大きな問題です.可能性としては研究費,病院の持ち出し,自費検査,企業負担などになるでしょうか?
【臨床評価のための段階的ワークフロー】
著者らは下図のワークフローを提案しています.臨床評価→バイオマーカー検査(アミロイドPET,脳脊髄液検査)→APOE遺伝子検査の順に行うこと,そして患者に十分な情報に基づいた意思決定を行う機会を提供することが重要と述べています.上述の通り,遺伝子検査はレカネマブ治療を希望する患者にのみ実施することを強調しています.
→ 納得できる提案だと思います.ただしどこまでをかかりつけ医が行い,どこから専門医が関わるかという問題があります.うまく対応しないと次に述べる深刻な問題が生じます.
【今後の懸念】
最後に著者らはレカネマブが医療にもたらす影響を議論しています.具体的には①診断や治療に要する時間を劇的に増加させること,②認知症に関わる医師の不足をさらに深刻化させ,診断や治療の開始を遅らせ,患者が治療を受けられなくなる可能性さえあること,③地域によっては認知症ケアにおける現在の医療格差をさらに悪化させる可能性もあることを挙げています.解決策として,臨床チームを支援し,今後,若い医師がこの領域を選べるようなインセンティブが必要で,診療報酬の改訂は不可欠であろうと述べています.日本では医師の働き方改革が始まりますので①は悩ましい問題です.
Ritchie M et al. Apolipoprotein E Genetic Testing in a New Age of Alzheimer Disease Clinical Practice. Neurol Clin Pract. April 2024 issue 14 (2) https://doi.org/10.1212/CPJ.0000000000200230