Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

抗アミロイドβ療法時代のAPOE遺伝子検査の意義と対応@Brain Nerve誌9月号

2024年09月06日 | 認知症
今月号のテーマは「治療可能な認知症としてのアルツハイマー病」です.編集後記に神田隆先生が書かれておられるように,この難病に対し「治療」のみに特化した特集を組めることは非常に感慨深いものがあります.ただ新しい治療の開発は,新たな重大で難しい問題を生みだしたことも事実です.抗体療法はパンドラの匣を開けてしまったのではないかと思うことさえあります.例えば,この特集号の中では,津野田尚子先生らによる「レカネマブの光と影―早期受診者への診断ご支援―」と私の執筆した「抗アミロイドβ療法時代のAPOE遺伝子検査の意義と対応」がそれに相当します.

前者は抗体薬の使用のため,早期の病名告知が行われることになった影響を議論しています.早期の病名告知は「認知症の病名を背負いながらこれまで以上に長い人生を歩む」ことにつながります.抗体療法を希望して受診したものの,さまざまな理由により治療適用とならず失望する患者さんも少なくありません.早期の病名告知後に自殺率が高まるという報告も近年増えています.「早期診断=早期絶望」と言われる所以です.ガイドラインでは患者への最適な病名告知の方法や診断後の支援のあり方については示されておらず,明確なエビデンスもないため,その責任は事実上,担当医個人に一任される状況です.これに対し津野田先生は,認知症患者として生きる時間を可能な限り有意義なものにするために,患者さんのQOL向上にどのように関わっていくべきか,その試みについてご紹介されています.またTable 1の「筆者の定めている告知の際の約束事」はとても参考になりました.ぜひご一読いただければと思います.

後者のAPOE遺伝子診断は,これまでアルツハイマー病(AD)の日常診療において推奨されていませんでした.その理由は,予測精度に限界があること,結果によって治療方針を変更するだけのエビデンスがないこと,ADのリスクが高いことが示された場合,患者さんや家族に精神的負担を与えることがありました.しかし抗体療法が臨床応用された今日,この検査は治療の安全性に関する情報を提供するため,患者さんが治療を選択するか否かを判断する上で重要な意義を持つことになりました(つまり抗体療法を希望しなければ依然,適応はありません).このため米国のレカネマブの適正使用ガイドラインでは,APOE遺伝子検査を施行すべきと明記してありますが,本邦のものには示されていません.適切に施行しなければ臨床倫理的,法的,経済的問題を招くリスクがあります.本邦でもこれらの問題にどのように対応すべきか,急ぎ包括的議論を開始すべきと思います.私は総説の中で,副作用の予測因子としてのAPOE遺伝子検査,適正使用ガイドラインにおけるAPOE遺伝子検査の扱いと実際の運用,結果の告知と問題点,E4ホモ保有者の経過観察のあり方,そしてE4ホモ保有は危険因子ではなく,原因遺伝子であるという研究が報告されたことのインパクトについて記載しました.

「パンドラの匣」の神話において,箱の一番底に残っていたものは「希望(Elpis)」だそうです.患者さんや家族に希望をもたらすような仕組みを作る必要があると思います.

医学書院 Brain Nerve ホームページ


この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« なぜ小脳の脳梗塞でなくても... | TOP | 片頭痛予防の新しい抗体薬「P... »
最新の画像もっと見る

Recent Entries | 認知症