Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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豚インフルエンザについて神経内科医が知っておくべきこと

2009年05月05日 | 感染症
 今回のH1N1 flu(豚インフルエンザ)について,個人的に少なからぬ影響を受けて恨めしく思っている.少々勉強をしたのだが,米国神経学会(AAN)ホームページのNeurology in the Newsという欄で,今回有名になったCDC(米国疾病予防管理センター)に所属する神経疫学者James J. Sejvar先生が,H1N1 Influenza Q&A と題し,分かりやすく話しているので以下にまとめてみた.

Swine Flu: What Neurologists Need to Know


1. H1N1 flu(豚インフルエンザ)とは?
H1N1 flu(豚インフルエンザ)ウイルスは,インフルエンザ・ウイルス株の中で豚において特有な(endemicな)ウイルス株を指す.
Cf; endemicとは,病気の発生頻度が長期間ほとんど変動せず, 予知できる規則性をもって発生するような動物集団における病気の一時的な発生パターンを指す.

2. では流行(epidemic)はどのように定義されるか?
流行(epidemic)とはある期間にわたって予想されたよりも多数の症例において,その感染症の新規発生が認められる場合を指す.
Cf; ちなみに有名なpandemicは「pan(全世界的に)+ demic(広がる)」で,「全世界的に広がること」を意味する.Epidemicは「epi(局所的に)+ Demic(広がる)」で,pamdemicよりも範囲の狭い「局所的な蔓延」を指す.

3. H1N1 fluは従来のウイルスと異なるのか?もしそうなら何が異なるのか?
H1N1 fluは従来知られているウイルス株とは異なるもので,ヒト,トリ,ブタのインフルエンザ株の遺伝子の一部をその構造内に有する.このような組み合わせを持つ株は従来報告されていない.このウイルスがヒトに感染した場合,どのようにふるまうのか,すなわちどのような症状を引き起こすのか不明である.

4. 診断確定に有用な検査方法はあるか?
臨床的に上気道感染を呈する場合,H1N1 fluを疑うが,確定診断には検査を要する.検査に適した検体は鼻咽頭のぬぐい液や,鼻からの吸引物である.検体の採取についてはCDC websiteを参照する.
これらの検体を用いてinfluenza A, B, H1, H3に対するreal-time RT-PCRを行う.現時点でH1N1fluはinfluenza Aに対し陽性で,H1とH3に陰性である.もしinfluenza Aに対し強陽性と考えられる場合(たとえばthreshold Cycle;Ct値 <30),H1N1 flu(豚インフルエンザ)である可能性が高まる.診断確定は現在,CDCにおいて行っているが,ごく近いうちに州政府の公衆衛生検査室での可能になる. 5. H1N1 flu感染疑いの患者にどのように接すべきか?
H1N1 flu感染疑いの患者に医療現場で接触する際,医師は感染コントロールと予防を行う必要がある.患者の診察ごとに良く手洗いをすることが大切である.自分の鼻,目,口を,自分の手を十分に洗う前に触ってはいけない.もし医師自身が体調不良になった場合には自宅からの外出をやめる.他の患者や家族が体調不良になった場合にも,入念な手洗い,マスク着用,自宅待期を指示する.

6. H1N1 fluでは即時性,もしくは遅発性の神経合併症は生じうるか?
これまでのところ報告はない.現在,進行中の調査の結果が判明すれば,これらの点について明らかにされるであろう.季節性インフルエンザの場合,まれながら小児において「インフルエンザウイルス関連脳症(Influenza-associated encephalopathy; IAE)」が報告されている.この病態機序については十分に解明されていない.IAEはインフルエンザ感染による呼吸器症状の数日から1週間後に発症し,発熱,意識障害,痙攣発作を来す.局所神経症状(運動麻痺,運動異常症,脳神経麻痺,失語症)も呈しうる.髄液では明らかな異常はみられず,細胞数の増加はなく,蛋白の上昇もないか,あっても軽度にとどまる.IAEはinfluenza A(とくにH3N2株) 感染において合併することが多いが,今回のH1N1株でもIAEを来しやすいのか不明である.

その他,季節性インフルエンザ感染に合併する神経症状として,IAEより重篤な「急性壊死性脳炎(Acute necrotizing encephalopathy ;ANE)」(激症で単相性の経過を取り,画像上,多発する壊死性病変が主として視床や脳幹に認められるもの)や,急性脱髄性炎症性ニューロパチー(AIDP),急性散在性脳髄炎(ADEM),横断性脊髄炎,腕神経叢炎が知られているが,報告はまれである.上記のような神経症状がH1N1 flu感染後に生じるかについては現在不明である.

7. H1N1 fluの治療はどう行うべき?
抗ウイルス薬を使用すべきかどうかは,その病状,副作用,抗ウイルス作用の程度といったデータによって状況が変わりうる.抗ウイルス治療はH1N1 fluの診断が確定,もしくは強く疑われた場合に考慮し,入院中の患者や感染のハイリスク患者には優先して治療を行う.
抗ウイルス薬zanamivir(リレンザ)やoseltamivir(タミフル)は発症後速やかに開始する.季節性インフルエンザの場合,発症から48時間以内の治療開始が有効で,以後,5日間継続する.季節性インフルエンザ感染が活動性である地域で,とくにoseltamivir(タミフル)抵抗性インフルエンザが流行している地域では,zanamivir(リレンザ)を使用するか,oseltamivir(タミフル)とrimantadine(リマンタジン)ないしamantadine(アマンタジン)の併用を(経験に基づいて)使用する.

8. 抗ウイルス薬に伴う神経合併症は?
zanamivir(リレンザ)に伴う神経合併症は概して予後が良好で,具体的には頭痛,めまい(非回転性および回転性)がみられ,5%未満の頻度で生じうる.oseltamivir(タミフル)の副作用も同様だが,上記に加えて,妄想,自傷がまれに生じうる.FDA はoseltamivir(タミフル)内服後の異常行為の有無を注意深く観察することを推奨している.

潜伏期については触れてないが,どうも季節性インフルエンザよりやや長めで7~8日,よって1週間から10日間程度を発症の警戒期間としているようだ(ただしこの辺もまだ不明というのが実情).ヒト・ヒト感染は,感染者が発症する1日ぐらい前からウイルスの排出が生じ起こりうるらしいが,ウイルス量は多くないためサージカルマスク着用で他者への感染防止はある程度可能のようだ.もちろん具合の悪さを感じたら直ちに外出をやめ,インフル迅速診断検査を受ける.幸いにも空港などでの水際検査で罹患者は出ていないが,潜伏期間を考えると当然,すり抜けている患者もいる可能性があり,今後も十分な注意が必要だろう.

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