旅行者、荷は少しでも軽量を心掛けることは肝心である。そのための折り畳み品であるというUnderwoodという名の入ったカバー。Underwoodといえばタイプライターを想起させるものに違いないが、果たして中にタイプライターは入っているのだろうか。タイプライターは折り畳めない、と思う。
『タイプライター』ではなく『旅行者用折り畳み品』である。
記録するに要るタイプライターが必須である旅行者もいるには違いないが、たとえ小型でも…疑問が残る。しかし、「折り畳み品」であると明記している。折り畳めないものを折り畳み品と言っているが、確かにカバーだけなら折り畳み品であることに納得がいく。必要不可欠な物だけを持つであろう旅行者の「折り畳み品」は正しく折り畳み可能のカバーだけだとしたら、たとえ折り畳めても無用の長物である。
カバーの中は見えない。見えない不確かな対象(目的)を旅のお供にする。「ある」が「なく」、「ない」が「ある」ものである。
この空虚に隠れた真理、それを求める旅行に携帯する『旅行者用折り畳み品』である。
写真は『DUCHAMP』(ジャニス・ミンク) www.taschen.com
売っている品は言わずもがなで、喰っている人は大概船頭船方の類にきまっている。
☆媒(仲立ち)は頻(しばしば)現れる。
嘱(委ねる)腎(要)は諦(真理)の我意である。
千(たくさん)問う。
千(たくさん)の法(神仏の教え)が塁(より所)である。
彼女は、おなじ苦労仲間のようにKに話かけ、Kがコーヒーを飲んでみて、甘さが足りないとおもっているらしいとわかると、すぐ走っていって砂糖のいっぱいはいった壺をもってきてくれた。
☆彼女は苦労を共にした人のようにKに話し、旅行鞄を必要としたが、全然楽しくないとわかると、続けて完全にあっという間に眠りに落ちた。