続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

デュシャン『パリの空気50㏄』③

2020-04-22 07:42:16 | 美術ノート

 無味、無臭の地球を取り巻く気体の複合体は、不可視である。風や気圧などほかの条件により左右されることはあるが、五感で直接感じうる対象ではない。

 にもかかわらず、『パリの空気50㏄』とタイトルする狙いは何だろう。
 少なくとも空気を分けることなど出来ない。

 不可能をあたかも可能なように見せる。脳を誤作動に導く構造は、積み重ねたデータへの不確定な信頼である。
 言葉による誘導に疑惑を持たない。少しの不信、曖昧さを肯定する傾向を否定できない。

 ガラス製アンプルに『パリの空気50㏄』が混入しているという馬鹿げた話を鵜呑みにし、直視の事実に虚偽はないとさえ感じてしまう。このメカニズムの根底にあるものは言葉の説得力である。身体の器官は《言葉》によって作動する。この問題を拡大視すると扇動にもつながる。

 言葉と対象(物/世界)にある《空気》は『パリの空気50㏄』に近似する。


 写真は『DUCHAMP』ジャニス・ミンク www.taschen.comより


『忘れえぬ人々』134.

2020-04-22 07:34:53 | 国木田独歩

其処で何となくこれ等の光景が異様な感を起こさせて、世の様を一段鮮かに眺めるような心地がした。


☆記の諸(もろもろ)は、化(教え導くこと)を問う講(話)である。
 継(つなぐ)意(考え)の要は、逸(隠れた)談(話)を詮(明らかにすること)である。
 調べると新しい質(内容)がある。


『城』3404。

2020-04-22 07:21:25 | カフカ覚書

Kが彼女の悩みをたずねるまでもなかった。彼女は、すぐに自分から話しだした。話をしているあいだも気散じが必要であるかのように、また、自分の悩みを打明けているときでも、すっかりそれにのめりこんでしまうことはできない、それは自分の力にあまることなのだからとでも言いたげに、Kのコーヒー・カップをじっと見つめていた。


☆Kが彼女の不幸を尋ねるまでもなかった。彼女はすぐに語り始めた。Kのまなざしは馬鹿話を裁いた。話をそらせる必要があり、彼女の不幸(悲しみ)に対し懸命に進むことができなかった。