葉室麟さん大いに語る:よみうり読書サロン
江嵜企画代表・Ken
直木賞作家、葉室麟さんを招き、4月17日(月)午後2時から芦屋ルナホールで「よみうり読書サロン」が開かれ、楽しみにして出かけた。いつもの
ように会場の様子をスケッチした。葉室さんは久留米出身、M7.3地震発生の15日、たまたまお里におられ地震を体験された。体にまだ怖さが残っていますと話された。「予定を切り上げ会場へきていただきました」と聞き手の西田朋子記者が紹介した。葉室さんは1年数ケ月前に活動拠点を九州から京都河原町界隈へ移されたという。
「京都河原町には、昔,円山応挙や若冲だけでなく多くの絵師が往来していた」と葉室さん。「京都に居をうつしてから作品の数が急激に増えています。何かございますか」と西田記者。「歴史物語に出てくる地名が家を出てほどなくのところに、京都には、ここ、そこにある。書物だけを通じて知る地名と違う」と葉室さん。
当サロンのために葉室さんが書き下ろした掌編小説「芦刈」がこの日のテーマである。京の祇園に住む扇面絵師≪高尾≫を思いがけなく元妻≪香苗≫が訪れるところから小説は始まる。いろいろあって、香苗が、諦めて去る時、一年ほど前、妻とした女≪たつ≫に、「茶が、ぬるうなったようだ。かえてくれ」と高尾。「たつは、嬉し気に、はい、と答えた」で終わる。
高尾は「元武士だったらしいが。京に出て狩野派の絵師となった。(中略)絵師としては売れず、今ではもっぱら扇面を描いている。今描いている絵は、烏帽子をかぶり、短袴姿で芦を刈って売り歩く貧しい男と従者が共をする牛車に乗ったあでやかな女が出会う。能「芦刈」の場面である」と続く。
「もし、こちらは絵師の芳賀高尾様のお宅でございますか」町家の入口から女の声がした。(中略)貧乏絵師が住む町家に訪れる客ではない。(中略)
「香苗と申します。お取次ぎをお願いします」と告げた。高尾は振り向いて土間の向こうに立っている女人の顔を見た。(中略)高尾はたつに向かって「昔の女房殿だ」とあっさり告げた。たつはおびえた表情になり、香苗を見つめた。」と小説は佳境に入っていく。
能の「芦刈」は「貧しきゆえに夫と離縁して京に上がった女がやがて高貴な身分の人の乳母となり、落ちぶれて芦を刈る夫を探し出し、再び結ばれて京に戻るめでたい話だ。「それでは面白くない。複雑にしたかった」と葉室さん。「ここで会場の皆様に、高尾の気持ちはよくわかるという方は挙手願います。まず男性の方から」と西田記者の方から会場に問いかけた。男性は、パラパラと手を挙げた。女性の方が大勢手を挙げられましただ」と西田記者。
男女の機微について、葉室さんと西田記者、会場と葉室さんとの間でのボールのやり取りが続いて、聞いていて面白かった。突き詰めれば、男と女の関係はむつかしい。葉室さんは「元妻は、男の境遇をさげすんでいないが、同情や憐れみを持っている。愛情はあっても心遣いがないとうまくいかない。相手の立場に立つこと。心として機能していることが大事だ」と話された。香苗は今風で言えば、秘書二人つれて、外車で元夫宅を訪れたようなものかもしれないと解説された。葉室さんが、ポツリ「現役の妻は強いですよ」と言われた言葉も印象に残った。
いろいろな質問が会場から出た。ある男性は「若者はスマホばかり使っているように見える。これからさき、日本の将来が心配だ。葉室先生は、どのようにお考えですか」と質問した。「危機的だなー、と思います。言いたい放題の状態です。新聞社主催の集まりだから言うわけではないが、メールのやり取りは、文章のやり取りではない。活字文化との落差は大きい。新聞記事は裏を取って書く。インターネットはそれがない。」ときっぱり。
葉室さんは「日本人とは何か。日本人のこころについてこれからも探し求めていきたい」と話して対談を終えられた。芦屋ルナホールを出て芦屋川を下って帰路についた。神奈川県から来られたというご婦人もそうだったが、皆さんの質問のレベルが高い。「男女の機微に疎い私なんか、本当に驚きました」と西田記者が率直な印象を述べておられた。(了)