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エッセイとショートショートと―あちこち話が飛びますが

「社長になられるお方」(上)

2005-11-06 08:40:51 | ショートショート
 重要ポストに誰を据えるか、というのは、どこの世界でも頭が痛いもの。ましてや、一流企業の社長ともなれば、なおさらのこと。

 ある会社があった。仮にN社としておこう。ここの経営陣も、次の世代を任せられる人材を求めていた。ただ、今後予想される難しい時代を乗り切るのは容易なことではない。そこで、社長の命を受けた人事部長が、新宿のとある有名な占い師に観てもらったところ、ひとりの新入社員の名前が挙げられた。
「その男が、いずれ会社を救うことになるでしょう」
 首をひねりつつ、人事部長は社長の元へと戻って行った。名前を挙げられたO君、面接試験や入社式で会ってはいたのだが、どうも印象がうすい。と言うより、そもそも、会社を背負って立つ器にはどう見ても思えなかったのだ。これには社長も同意見で、有名な占い師も時には間違えることもあるのでは、と2人して思ったものだった。
 しかし数々の逸話を残している占い師の御託宣をムゲにするわけにはいかなかった。次の日から、特命事項として、O君を社長にする動きが秘密裏に進められた。次の人事発令で異例の係長昇進を果たしたかと思うと、あれよあれよという間に出世の階段を上って行くのだった。
 その成り行きに周りでは、「きっとどこかの御曹司に違いない」だの「政財界の重鎮にコネがあるはずだ」だの、「裏であくどいことやっているんじゃないか」などという噂が広まっていった。果ては、「高貴な守護霊が付いているのに違いない」というものまで。まあこれは、当たっていないこともない。
 心配になった社長が当人を呼んで話をしても、特に気の利いたことを言うでもなく、それほど頭がいいとも思えなかった。仕事が早いわけでも、人の扱いがうまいわけでもなく、仕事ぶりはむしろ遅くてのんびりした方だった。どうしてこんな人間がわが社を救うことになるのか、といぶかざるを得なかった。仕方なく再度くだんの占い師を訪ねさせてみたが、結果は同じことだった。
「その男が、いずれ会社を救うことになるでしょう」
 その間もO君は社長への道をまっしぐら。ただ大変なのは周りである。会議でトンチンカンな発言をして関連部署を困らせたり、取引先に安請け合いをして社内外を混乱させたり…。そのたびお付きの者やらが後始末に奔走するのであった。ただ、のんびり屋の彼を補佐するため、優秀な人材がその周りに配置されていたため、いずれも大事には至らなかったのであるが。
 こんなこともあった。かねがね面白くないと思っていた、O君と同期の1人が、廊下でバッタリ会ったのを幸い、何やらカラみ絡み始めた。O君は適当にあしらっていたのだが、それからひと月も経たないうちに、その同期のカラみ屋は、遠い地方へ、表向きは栄転という形で転勤させられた。もちろん、O君が誰かに告げ口したわけではない。
 その同期に限らず、追い越された社員の中には、不満を持つ者がたくさんいた。まあ当然と言えば当然なのであるが。特に同じ職場で働く人間には、身近にO君を見ているだけに不思議でならなかった。どうしてこんな人間がどんどん出世していくのだろう、と。しかしそんな思いも、密かにささやかれているこんな言葉にかき消されるのであった。「彼は社長になられるお方なのだ」という。

(つづく)

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