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エッセイとショートショートと―あちこち話が飛びますが

論説・蜘蛛の糸

2009-06-14 08:49:07 | こころ
 〔断わっておきますが、これは芥川龍之介の『蜘蛛の糸』とは直接関係はありません。言葉のイメージを拝借しただけです。〕

 ひどく疲れているときなど、たまに有給休暇を取ってブラブラすることがある。他の人が仕事してるのに自分だけ楽していることに少し後ろめたさを感じつつ、労働者としての権利なんだから、と考えることにしている。あとあと仕事に身が入るなら、ここで休んだ方が結局は効率的なのだ、とも。
 ところで。
 野生の生き物、たとえばアリとかクモとか、休息の時はあるのだろうか、と考える。クモなんか、巣を張ってしまえばあとはじっと獲物を待つだけなんだけど、いつ何どき外敵に襲われるかもしれないから、気の方もずっと張っていることだろう。

 そういうこと考えていると、僕ら人間と動物と、どちらが幸せなんだろうか、という疑問が出てくる。(いやいや、昆虫などには〈幸不幸〉の概念はないのかもしれないが)
 そして、人間に生まれてつくづく良かったと感じる。あなたも僕もそうなんだけど、むやみに退治されないで済むし、いろいろと考えたり物を作り出していけるっていうのは、いいものだ。

 ただ、片手片足でで簡単に壊すことのできるクモの巣あるいはアリの巣ではあるけれど、それをまた作り直すところを考えると、僕ら人間と動物と、果たしてどちらが〈一所懸命〉生きているんだろう、とも思ってしまう。
 食べるためとはいえ、一度オジャンになった仕事をやり直すのは、人間ならイヤになってやめてしまうところ。
 スズメやカラス、それに人間さまの勝手な理屈で害虫とされているハエやゴキブリなど、ひょっとしたら僕らよりずっと〈一所懸命〉に生きているのかもしれない。
 
 話はそれるけれど、小中学生にも、自分で申告のできる有給休暇みたいな休みがあってもいいかもしれない。休むことで充電でき、あとあと勉強にも力が入るのならば、トータル的に見てその方がいいに違いない。まあ義務教育だから難しいだろうけど。
 
 きょうはちとシリアスでした。
 

コメント
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