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エッセイとショートショートと―あちこち話が飛びますが

「達人あらわる」

2009-10-18 08:43:31 | ショートショート
 東京のど真ん中に、どういうわけか、江戸時代の剣の達人が現れた。
 背後から忍び寄る者、さらには草むらに隠れる者さえ気配で察知し、打ち倒すことができるほどの腕前である。

 現れた達人、人々が腰に何も差していないことにまずびっくりし、歩き方といい身のこなしといい、そのスキだらけの様子に、拍子抜けしてしまった。そして皆がみな、なよっとした感じ、つまり男も女も優しげな顔つきになっていることにも、驚くばかり。これでは自分の相手になる者など、いるはずがないと思った次第。
 ところがところが、達人、じきにネを上げてしまうことになる。

 今の東京はどこもかしこも道路が舗装されており、昔の砂利道のように砂煙も上がらなければ、足音もしない。ましてや、ラバーソウルのような靴であればなおさら。また、人が隠れるような草むらすらないため、葉っぱの擦れ合う音もしない。
 おまけに車やトラックの走行音、それに街中に流れる各種音楽に惑わされ、気配を察知するも何も、できたものではない。
 しまいには、後ろから猛スピードで走ってきた自転車に袴を引っ掛けられ、転倒してしまう始末。

 刀も、そして心も傷ついてしまった達人、
「拙者、ここでは生きてゆくことはできぬ」
 そうつぶやくと、いずこともなく消えていったそうな。


 …達人には気の毒なことをしたものだが、パソコンやら携帯電話やら、便利な道具に囲まれて暮らす現代人は、野性のカンというのか、みなぎる気配というのもすっかり減ってしまっている。だから、達人がそれを感じることができなかったのも、ある意味、致し方のないこと。


 Copyright(c) shinob_2005


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