思索の日記 (クリックで全体が表示されます)

武田康弘の思索の日記です。「恋知」の生を提唱し、実践しています。白樺教育館ホームと共に

反公共ー違憲の安倍内閣(国体思想)を批判できないのでは、近代社会に生きる人間とは言えません。

2016-03-22 | 社会批評

安倍という権力を私物化する男の国体思想(ゲスの極み)を批判できないようでは、恥ずかしくて生きていられない、とわたしはいつも思います。
もう9年近く前(第一次安倍内閣発足の直前)から繰り返し、新聞や本に書き、blogには連続で書き続けてきましたが。

マスコミ経営者も少しは矜持をもったらいいと思います。権力にヘツライみっともなく生きて死ぬだけでよいのでしょうか?それで人間として恥ずかしくないのでしょうか?

戯けの権力意思(反公共)とは闘うのがほんとうの人間でしょう。
面と向かって「戯け者!」とガツンと言えないのは不思議です。

 女々しく、失礼、男々しく(笑)生きるのではなく、「天上天下唯我独尊」(自帰依ー法帰依)という人間としての自己に尊厳をもち、堂々と生きるのがほんとうの人生です。

ヘツライ人間ばかりでは息が詰まります。
優れた教育は成り立ちません。
精神の自立がなく、アナクロニズム(時代錯誤)の権力意思に従う人であっては、生きている価値に乏しい、わたしは強くそう思います。

 

武田康弘

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