テレビを見ると、日本の技術礼賛、日本の歴史礼賛、日本人礼賛、日本、日本、日本のオンパレードで、外国から学ぶというのは、極小。日本人の生き方=考え方への捉え返しはなく、日本の反省は、もうゼロに近く、恐ろしいほどの精神的鎖国に陥っています。
外国人が出れば、それは日本を礼賛するためであり、この自惚れの上塗りは恥ずかしいもいいところ。
近隣著国の話題は、すべて否定的であり、いかに日本より劣っているかの解説です。
翻って、アメリカの話題はいつも超がつくほどで、さすが対米戦争の敗戦国。いつまでもアメリカさまさまで、卑屈この上ないですが、卑屈が嬉しい、米軍が正しい、彼らの意向に従うのが悦びという政府要人のふやけた顔は「精神の公害」そのものです。その無節操に吐き気をもよおします。
対中国の敗戦国でもあるわが国ですが、それはなかったことにして、悪いのは中国、正義は日本!と合唱する。無条件降伏=ポツダム宣言とは三カ国によるものですが、その三カ国はどこだか知っているのでしょうか。答えは、イギリス、中華民国、アメリカです。もしも、中国の政治が変わったから中国には敗戦していない、と言ったら、国連を抜けるのと同じことなのです。
敗戦国である日本は、安倍政権(神道政治連盟・神社本庁の国家神道)のように「戦前思想」を掲げることはできません。「ポツダム宣言」はなかったことにはできないのです。国民主権の徹底による民主主義を進める以外にはありません。ふつうの国民は、戦前思想に戻りたくないのです。戦後の民主政を守り、民主政をさらに前に進めることが、ふつうの国民の利益であることはあまりに当然です。明治維新の「皇室を利用しての強権政治家による国民支配」は望んでいません。それは、何よりいまの天皇である明仁さんや皇后の美智子さん、皇太子夫妻の強い意思でもあります。
ニッポンチャチャチャの愛国音頭は、精神的鎖国の象徴であり、精神の硬直化の証拠であり、これ以上の公共悪はありません。安倍のウイルスに侵されたテレビ局では情けない。占脳=染脳テレビではいけません。
武田康弘