「私」として「自分の想念」を首相の権力を使って実現する。
「公共」の利益のために「私」がみなに尽すというのとはアベコベ。
主権者を国民とする民主制の国では、首相など為政者は、国民の一般意思を実現するために働く存在で、それゆに給与と権限が与えられるわけですが、この大原則を踏まえず、「私」の想いを実現するために政治を行うのでは、民主主義は元から崩れます。
「国民サービスマン」でなければいけない公務員(大臣や議員や官僚)が、「私」の想いで行為する!? それが首相である安倍晋三君と夫人の昭恵さんであることは、国会答弁を聞くとよ~~く分かります。
安倍晋三君も昭恵さんも、その言動内容は、少しも「公人」ではなく、「私人」です。
好き勝手に憲法を解釈改憲してしまい(韓国なら弾劾され逮捕でしょう)、国是であった「平和主義」を捨て去り、武器開発(イスラエルとの共同開発はその象徴)武器輸出を開始し、国会で1948年に廃棄が決議された「教育勅語」を称揚して、その教育をよしとし、モデル校づくりに協力。国連からも危険視された「スパイ法」(21世紀最悪の法案と批評される)をつくり、また市民の政治活動を抑えるために「共謀罪」を通そうとしています。
市民的な公共のために政治を行うのではなく、市民的自由を抑え、自分が頂点に立つ政治を行う安倍君は、民主制国家の首相とはとても言えません。根源違反を平然と行うのですから呆れますが、それを許す国民では、もう救いがありません。国民の税金や財産を好きに使い(世界各国に大盤振る舞い)国有財産を私物化して処分(いま次々と明らかに)する人には退陣してもらうしかありません。
安倍晋三君と昭恵さんは、共に「私人」でしかなく、「公人」の資格がありません。 おままごと夫婦、幼児性の抜けないお二人には、おとなしくしていてほしものです。
武田康弘