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あるバスの女車掌は大学赤門前で、「ダイガクセキモンマエ」と叫んでいたそうである。
ある電車運転手は途中で停車して共同便所へ一時雲隠れしたそうである。こうなると運転手にも人間味が出て来るから妙である。
矢来下行き電車に乗って、理研前で止めてもらおうとしたが、後部入り口の車掌が切符切りに忙しくてなかなか信号ベルのひもを引いてくれない。やっと一度引くには引いたが、運転手は聞こえないと見えて停車しないでとうとう通り過ぎて行った。早く止めてくれと言っても車掌は「信号したけれども止めないです」と言って至極涼しい顔をしていた。これも誠にのんびりした話である。
争議が解決した後も、いっその事思い切って従業員の制服を全廃して思い思いの背広服ないし和服着流しにする事を電気局に建言したらどうかと思ってみたのであった。
――寺田寅彦「破片」