★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

わたくしの帰省2015夏――妻籠宿をゆく2

2015-09-07 01:59:01 | 文学

本陣にお邪魔する


私の生れた家は舊本陣と言つて、街道筋にあつて、ずつと昔は大名などを泊めたのですから、玄關も廣く、その一段上に板の間がありました。そこから廣い部屋々々に續いて居ました。その板の間の片隅に機が置いてありました。私が表の方から古い大きな門を入つて玄關前の庭に遊んで居りますと、母が障子の影に腰掛けて錯々と梭の音をさせたものでした。

――島崎藤村「幼き日」



かねて懇意な隠居に伴われて私は暗い小作人の家へ入った。猫の入物とかで、藁で造った行火のようなものが置いてある。私には珍らしかった。しるしばかりに持って行った手土産を隠居は床の間の神棚の前に供え、鈴を振り鳴らし、それから炬燵にあたりながら種々な話を始めた。極く無愛想な無口な五十ばかりの痩せた女も黙って炬燵にあたっていた。その側には辰さんの小娘も余念なく遊んでいた。この無口な女と、竈の前に蹲踞っている細帯〆た娘とは隠居の家に同居する人らしかった。で、私はこれらの人に関わず隠居の話に耳を傾けた。

――島崎藤村「千曲川のスケッチ」













十四日 雪隠でプラス、マイナスと云う事を考える。
十五日 今日のようなしめっぽい空気には墓の匂いが籠っておるように思う。横になって壁を踏んでいると眼瞼が重くなって灰吹から大蛇が出た。

――寺田寅彦「窮理日記」



母がよく腰掛けた機の置いてある板の間は、一方は爐邊へ續き、一方は父の書院の方へ續くやうに成つて居ました。斯の板の間に續いて、細長い廂風の座敷がありまして、それで三間ばかりの廣い部屋をぐるりと取圍くやうに出來て居りました。斯の部屋々々は以前本陣と言つた頃に役に立つたので、私の覺えてからは、奧の部屋などは特別の客でもある時より外に使はない位でした。別に上段の間といふのが有りました。そこは一段高く設けた奧深い部屋で、白い縁の疊などが敷いてあり、昔大名の寢泊りしたところとかで、私が子供の時分には唯床の間に古い鏡や掛物が掛けてあるばかりでした。

――島崎藤村「幼き日」



実家より広い













「父さん、どうするの」と学校から早びけで帰って来た繁が訊いた。
「ああそうだ、お節ちゃんが置いて行ったんだね」と泉太も庭へ下りて来て言った。
「やあ。僕も手伝おうや」
 こういう子供を相手に、岸本はその根を深く埋め直して、やがてやって来る霜にもいたまないようにした。節子はもう岸本の内部に居るばかりでなく、庭の土の中にもいた。
――島崎藤村「新生」








 学友の死を思いつづけながら、神田川に添うて足立の家の方から帰って来た車の上も、岸本には忘れがたい記憶の一つとして残っていた。古代の人が言った地水火風というようなことまで、しきりと彼の想像に上って来たのも、あの車の上であった。火か、水か、土か、何かこう迷信に近いほどの熱意をもって生々しく元始的な自然の刺激に触れて見たら、あるいは自分を救うことが出来ようかと考えたのも、あの車の上であった。
 生存の測りがたさ。曾て岸本が妻子を引連れて山を下りようとした頃にこうした重い澱んだものが一生の旅の途中で自分を待受けようとは、どうして思いがけよう。

――島崎藤村「新生」



わたくしの帰省2015夏――妻籠宿をゆく

2015-09-07 01:09:57 | 旅行や帰省
妻籠宿にも行ったことがなかった気がするので行ってみた……






「・・・やるべし!!」
「爺様!そら無茶だ!おらたちゃ百姓だ!米の作り方はわかるが人の殺し方は知らねえ!」
「侍雇うだ!」
「だどもおらたちの村のために命投げ出すお侍がいるだか?」
「腹減ってる侍雇うだよ、腹減ってりゃ熊だって山降りるだ!」

――「七人の侍」













どこにもいる猫ちゃん




暑くなってきた






向こう側にも、人間界