なし

「はだしのゲン」や「野球バカ」については、以前も書いたことがある。中沢さんは原爆にかんするマンガで有名なわけだが、『広島カープ誕生物語』は、よくある(ないか)カープ女子マンガのように平和主義ではなく、作者がただのカープファンであることを表明しただけの極めて暴力的な作品である。
カープ初優勝で幕を閉じるので、一見感動的にみえるが、それはカープファンだけが起こす感情である。
彼の漫画ではだいたい主役であるところの「ゲン」みたいな顔の人(進……明らかに戦時中に生まれたとおぼしき名前)は、原爆で家族を亡くしているのであるが、亡くした父親が白石選手に似ているという理由、あとカープが勝てば広島は元気になるという理由、えーと、たぶんこれだけで、カープに人生を賭けている。とにかく話が外道すぎて、戦後レジームとは何だったかと熟考させられる。
こんな感じの外道っぷりである。
・野球が好きすぎるある豆腐屋のおじさんは、娘に向かって「野球が出来ない女じゃなく息子が良かった」と本人を目の前に言い放つクズおやじ。(A)で、野球が得意な孤児・進を養子にする。で、進は、その存在が認められていない娘を野球に誘い、こうやって打つんだと、後ろからの抱きつき指導という唯のセクハラのあげく、キャッチボールは心の交流などというウジ虫みたいな理屈で騙して結婚し、豆腐屋を乗っ取る。しかし、カープが優勝するまで結婚式はしないという、非武装中立よりも激しい理想主義を押し通し、四二歳でやっと挙式。ちなみに、彼の四二歳の顔は、終戦直後の顔に、二本ほっぺたに線が入っているだけ。
・アメリカ軍のチームと草野球で対戦するが、なんのルサンチマンもなく勝ち、もらった缶詰を闇で売りまくる。ちなみに進たちが賭け商品として用意していたのは「婦人相学十体浮気之相」。
・カープが勝ったら豆腐はタダで配る。
・進は、カープの入団テストを受ける→落ちる→進の発言「テストしたコーチのやつをぶん殴ってやりたいわい」→ヤクザに喧嘩を売る→のされる→豆腐屋のおやじに助けられる→おやじ左足を負傷→負ぶって帰る→(A)へ
・野球の観戦中に、前の席のおやじが呑んでいたビール瓶に放尿
・カープが負けすぎて号泣→婚約者に怒られる→進「バーロー女にこの気持ちが分かるか」
・居酒屋でカープの悪口を言っていたおやじ(注:東京出身)に喧嘩を売る→進「広島に住めんようにしたるぞわかったかバーロー」→進「東京ブギウギ~リズムうきうき心づきづきわくわく~」(←???)
・審判が誤審→進「石本ー審判を殺せー」、「おどりゃ審判カープが負けたらこの球場から生きてかえさんぞ覚悟しとけよ」→カープ惨敗→ポールを引き抜き、審判に突撃
……戦後は平和で「自由」であった。「自由」もいいとこ取りは出来ない。誰かの横暴と犠牲によって成りたつ。しかし、中沢さんの言いたいのはこういうことではなかろうか。自由でなければ、誰・何が不自由か、誰・何が理不尽かもわからない。我々は安全や秩序に頼るべきではなく、自由に頼るべきだと。がんばれドラゴンズ。