★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

伯爵の役所に対する敬意を要求します!

2013-02-27 11:44:24 | 文学


どういう村に私は迷いこんだのですか? いったい、ここは城なんですか?」
「そうですとも」と、若い男はゆっくりいったが、そこここにKをいぶかって頭を振る者もいた。「ウェストウェスト伯爵様の城なのです」
「それで、宿泊の許可がいるというのですね?」と、Kはたずねたが、相手のさきほどの通告がひょっとすると夢であったのではないか、とたしかめでもするかのようであった。
「許可がなければいけません」という答えだった。若い男が腕をのばし、亭主と客たちとに次のようにたずねているのには、Kに対するひどい嘲笑が含まれていた。
「それとも、許可はいらないとでもいうのかな?」
「それなら、私も許可をもらってこなければならないのでしょうね」と、Kはあくびをしながらいって、起き上がろうとするかのように、かけぶとんを押しやった。
「それでいったいだれの許可をもらおうというんですか?」と、若い男がきく。
「伯爵様のですよ」と、Kはいった。「ほかにはもらいようがないでしょう」
「こんな真夜中に伯爵様の許可をもらってくるんですって?」と、若い男は叫び、一歩あとしざりした。
「できないというのですか?」と、Kは平静にたずねた。「それでは、なぜ私を起こしたんです?」
 ところが今度は、若い男はひどくおこってしまった。
「まるで浮浪人の態度だ!」と、彼は叫んだ。「伯爵の役所に対する敬意を要求します! あなたを起こしたのは、今すぐ伯爵の領地を立ち退かなければならないのだ、ということをお知らせするためです」
「道化芝居はたくさんです」と、Kはきわだって低い声でいい、ごろりと横になり、ふとんをかぶった。

……カフカ「城」(原田義人訳)