2016年、餌をあげていたネコから感染し、女性が呼吸困難で死に至った。 ネコの3.6%が保菌との調査もある。日本の飼いネコ953万匹は安全なのか。



 1月10日、厚生労働省は、国内で初めて「コリネバクテリウム・ウルセランス感染症」による死亡例があったことなどを念頭に、都道府県などに注意を促し、情報提供を依頼した。

  この感染症は、動物から人に感染する「動物由来感染症(人獣共通感染症、ズーノーシス)」の一種。原因となるコリネバクテリウム・ウルセランス菌はイヌや ネコ、ウシなどペットや家畜だけでなく、フクロウなど野生動物からも見つかる。症状はジフテリアに似て、喉の痛みやせきなどが生じ、ひどい場合には呼吸困 難になって死亡することもある。だがほとんどの場合、医療機関で処方される抗生物質で回復する。

 日本で人への感染は2001年に初めて報告された。確認されている国内の感染例は25件。19件は文献に記載され、うち13件はネコからの感染が疑われている。4件はイヌ。2件は不明。

 国立感染症研究所の岩城正昭研究員によると、この細菌はウシの乳房炎の原因菌として知られていたが、1970年代から生乳を通じた人への感染が海外で報告され始めた。その後、ネコやイヌからも感染したという報告が国内外で相次いだ。

 ただ、「この病気になる人が増えてきたとは限りません。周知が徹底されて医師たちも注目するようになってきたからだという可能性もあります」と岩城研究員は指摘する。

 人から人へ感染した可能性がある事例もわずかながら海外で報告されている。

 国内初の死亡例は福岡県に住んでいた60代の女性で、餌をあげていたネコから感染したと推測される。16年5月、呼吸困難で救急搬送され、3日目に死亡。17年4月の学会で報告された。

 ネコは人にとって最も身近な動物だが、日本のネコはこの菌にどれくらい感染しているのか。

  大阪健康安全基盤研究所の梅田薫研究員らが11年から14年にかけて大阪市内のネコ137匹を調べたところ、5匹(3.6%)からこの菌が検出された。イ ヌ125匹、ネズミ29匹からは見つからなかった。感染していたネコ5匹はいずれも体調が悪く、うち4匹は飼い主がわからなかった。この5匹から検出され た菌は遺伝学的に同じもので、ネコの行動範囲はそれほど広くないことからも、菌がすでに大阪市内のネコに広く分布している可能性が浮上した。

  この3.6%という保菌率は昔からなのか、それとも最近なのか。「両方の可能性があると思います」と梅田研究員は言う。今後については「これら感染したネ コを介して広がっていく可能性はあるでしょう」。研究者たちは「感染による死亡例は起きてほしくなかったが、海外で事例があることを考えると、日本で起き てもおかしくないとは思っていた」と口を揃える。

 とはいっても、むやみに怖がる必要もないだろう。日本では約546万世帯がネコを飼っ ている。イヌは約722万世帯。これだけの人々が飼っていて、17年間で感染例の報告が25件ということは、普通に考えれば「めったにない病気」である。 もちろん報告されていない症例もあるだろうし、今回の通知で情報が集まり件数が増えるかもしれない。だとしても、「ネコから感染する殺人細菌が蔓延中」な どと理解するのは無理だろう。

 では16年の死亡例は、それまでの感染例と何が違っていたのか。「治療が遅れてしまったということです」と厚労省結核感染症課は説明する。「もう少し早く受診していたら助かっていたと推測されます」

 厚労省や研究者たちが推奨する予防法は、動物との過度な触れ合いを避ける、動物に触った後には手を洗う、具合が悪そうな動物は早めに獣医師に診せる、といったごく常識的なことである。そうすれば、ほかの動物由来感染症も防ぐことができる。

 梅田研究員は「今回のことが契機になって、こうした病気を知ってもらい、注意していただければと思います」と話す。(サイエンスライター・粥川準二)

※AERA 2018年2月5日号