たとえコメ不足が解消されたとしても、国民は農林水産省のついた“ウソ”を絶対に忘れないだろう──。坂本哲志・農林水産相は9月3日、記者会見に臨んだ。その一問一答が農水省の公式サイトに掲載されている。その中には1か所、目を疑うような質疑応答が記録されているのだ。
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記者が《米について、一部のスーパーではまだ並んでいないという声も上がっていますが、いつごろからスーパーに並ぶようになるのか、いつごろには期待できるか教えてください》と、視聴者や読者が最も知りたい点について質問を行うと、坂本農水相は次のように回答した。
《私は昨日、スーパーに行ってみて、店員さんの話では、水曜日には入る予定ということを言っておられました。そういうことを考えると、早晩この米不足状態は解消すると思っています》
ちなみに会見が行われた9月3日は火曜。つまり坂本農水相は翌水曜にスーパーにはコメが入荷され、不足状態は《早晩》解消されると説明したことになる。
8月27日の会見でも坂本農水相は《米の品薄が緩和されるのはいつぐらいなりそうか》との質問に、《9月には1年の出荷量の4割程度まで本格的に出回ります》と回答している。
要するに「9月になるとコメ不足は解消される」と常に言い続けてきたわけだが、この説明を「ウソだ」と納得しない人は多いに違いない。農水省の1つめのウソだ。担当記者が言う。
「9月になるとコメが買えると期待していた人は相当な数に達するのではないでしょうか。コメの販売状況は地域によって異なるようですが、東京や大阪など都市圏では依然として極度の品薄状態が続いています。1人1袋までという数量制限は当たり前で、夕方以降の売り場は完全に空っぽ。開店直後の時間帯に複数のスーパーを回り、やっと5キロ入りを1袋買えたという消費者も少なくありません」
外国のコメも価格上昇
たとえ運良く購入できたとしても、去年は5キロで1500円から2000円台だった価格が現在は3000円台に高騰している。
「9月4日に農水省が開催した意見交換会で、米穀卸売業者から『かえって買い控えが起きてしまう』、『コメ離れが加速するのではないか』といった懸念の声が出たほどです。実際、テレビの街頭インタビューでは『高くて買えない』という不満の声が放送され、Xでは『パスタ5キロより値段の高いコメ5キロ』、『日持ちもコスパもパスタの方が上だし……しばらくパスタな自炊が続きそうだ』といった投稿が散見され、早くもコメ離れが起きていることが分かります」(同・記者)
コメの価格上昇に伴い、ネット上ではジャスミンライスやカルフォルニア米の通販価格も高騰の傾向にある。
「ネット通販サイトでジャスミンライスを検索すると、送料を除いて5キロ3500円から5000円台の価格が表示されます。カルフォルニア米も3500円台というところです。コメが品薄になる前は、一部の小売店ではジャスミンライスなら2500円台、カルフォルニア米は1500円台で購入できました。日本のコメも外国のコメも同じように5割くらい価格が上昇している実感があります」(同・記者)
1999年以来、最も少ない在庫
ところが、農水省は坂本大臣を筆頭に「需給の逼迫(ひっぱく)は見られない」と常に言い続けてきた。これがどれだけウソ八百だったか、我々はよく知っている。農水省のウソの2つ目だ。
新聞のデータベースで専門紙や地方での報道を振り返ってみると、農水省のウソが明らかになって興味深い。例えば8月25日に朝日新聞の兵庫県版に掲載された「米品薄、待ち望む実りの秋 需要増・地震で買いだめ、切迫感が加速」の記事を見てみよう。
朝日新聞がコメ不足の理由を農水省に質問すると、《昨年の高温と渇水で品質が下がり、精米の歩留まり率が下がって流通量が目減りした》、《米の価格上昇が他の食料品と比べて緩やかで、訪日外国人数が増えたこともあり、消費が増えた》との回答だった。
その結果、昨年の6月末にはコメの在庫は197万トンあったのに対し、今年の6月末は156万トン。なんと20・8%も減少し、1999年以降の統計で最も少なくなっていたのだ。
だが、在庫が少なくなっているにもかかわらず、農水省は「主食用米について、政府の備蓄米を放出するほどの需給の逼迫は見られない」と朝日新聞に強弁する。
2月に報じられたコメ不足
「8月は新米の出荷前ということもあり、在庫が最も少なくなるのは事実です。そこに8月8日、南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)が発表されました。農水省は地震を不安視した国民の一部がコメを買い占めた可能性も指摘し、朝日新聞の記事に掲載されました。ところが、これも農水省のウソです。実はコメ問題の専門家や関係者は、今年の2月からコメが不足していると訴えていたからです」(同・記者)
「需給の逼迫はない」が2つ目のウソなら、「南海トラフ地震の注意発表によって買い占めが起きたこともコメ不足の理由」は3つ目のウソだ。それよりも、ずっと前からコメ不足は指摘されていたからだ。
論より証拠、専門紙の報道をご覧いただこう。日本農業新聞は2月17日、「米『不足感』を指摘 耐暑品種切り替え事例も 農水省で意見交換会」との記事を掲載した。コメの卸など、流通関係者の指摘を記事からご紹介しよう。
《「事前契約量を割り込む産地もあり、調達が予定水準に届いていない」と報告した》
《米の不足感によって、流通業者から問い合わせが増えているが、「応えられる在庫がない状況だ」と説明した》
2月の段階でコメ不足が指摘されていたにもかかわらず、農水省は何の手も打たなかったと言っていい。同紙は4月5日に「米需要 異例の逼迫感」と再びコメ不足を報じ、5月14日にはスポット価格で「あきたこまち」と「まっしぐら」が60キロで2万円を超える異例の高騰を示したことを伝えた(註1・註2)
北朝鮮に届けられた備蓄米
次第に専門紙だけでなく、一般のメディアもコメ不足を報じるようになった。共同通信は6月12日に「コメ価格高騰」の記事を配信し、7月18日に「報道ステーション」(テレビ朝日系列)がコメの品薄と値上がりを番組内で取り上げた。8月8日の地震臨時情報が発令される前から、コメ不足は指摘され、メディアは報道していたのだ。
たまりかねた大阪府の吉村洋文知事が8月26日に備蓄米の放出を要請したが、坂本農水相は27日の閣議後会見で「民間流通が基本となっているコメの需給や価格に影響を与える恐れがある」と消極的な姿勢を示した。
それでも吉村知事は9月2日の会見でも備蓄米の放出を再要請したが、今に至るまで農水省は前向きな反応を見せていない。ところが過去、備蓄米の放出に農水省が意欲を見せたことがあったのをご存知だろうか。
1997年10月、日本農業新聞は1面トップで「北朝鮮に米6万7000トン国産3割、輸入7割」との記事を掲載した。
当時の首相は橋本龍太郎氏。同紙は《政府・与党は8日、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に対して国連機関の世界食糧計画(WFP)を通じて米6万7000トン(2700万ドル分)の食料支援を行う方針を決めた》(註:漢数字を算用数字に改めた)
《9日の閣議で小渕恵三外相が報告する。援助米の約3割は1994年産の国産の政府備蓄米、約7割は95年度に初輸入したミニマム・アクセス米を充てる予定だ》
精米の歩留まり説もウソ
「北朝鮮では1994年から98年にかけて、朝鮮戦争の休戦以降、最大規模となる飢饉が発生しました。朝鮮労働党機関紙『労働新聞』は96年1月1日の新年共同社説で、深刻な飢饉を『苦難の行軍』と名づけました。飢餓状態が頂点に達したのは97年、甚大な人的被害が出たことを橋本内閣は重視し、自民党内からも『拉致問題が解決していない』と反対意見が出たにもかかわらず、食糧支援を決定しました。そして備蓄米を北朝鮮に送っても日本のコメの市場価格には影響が出ません。余って保管に困っていた輸入米の在庫も減らせるという一石二鳥に、農水省が頑強に反対することはありませんでした」(同・記者)
なぜ農水省は消費者に安くコメを届けようとはしないのか。キヤノングローバル戦略研究所は公式サイトに9月5日、「コメ不足に対する緊急政策提言」を掲載した。これに興味深い指摘が書かれている。
先に朝日新聞の記事を紹介し、コメ不足の原因として農水省は《精米の歩留まり率が下がって流通量が目減りした》、《訪日外国人数が増えたこともあり、消費が増えた》との理由を挙げたことをお伝えした。
ところが山下一仁研究主幹は、これを真っ向から否定する。要するに、これも農水省のウソだったのだ。4つ目のウソということになる。
農水省の本音
山下氏によると、真の原因は《コメの需要が毎年10万トンずつ減少するという前提》で進められてきた減反政策だという。もともと生産量を減らしているのだから、何か起きればコメ不足が起きるのは必然というわけだ。
一方、コメの流通量が減少すれば、いわゆる“米価”は上昇傾向を示す。これで農家の収入を維持することができる。ただし、消費者はコメの高額化に悩まされることになる。
さらに山下氏は《今回の米不足でも備蓄米を放出しないのは、米価下落を防ぐ生産者保護政策である》と指摘。農水省が北朝鮮に備蓄米を送ったにもかかわらず、日本国内への放出は渋っている根本的な理由だ。
註1:米需給 異例の逼迫感 家庭用好調で在庫消化進む(日本農業新聞:4月5日)
註2:米スポット価格急騰 「こまち」「まっしぐら」2万円超(同:5月14日)
デイリー新潮編集部