たけじいの気まぐれブログ

記憶力減退爺さんの日記風備忘雑記録&フォト

「今週の明星」のテーマ曲(再)

2023年02月20日 13時04分44秒 | 懐かしいあの曲

gooブログの「アクセス解析」の「アクセスされたページ」欄を、時々覗くことがあるが、随分前に書き込んだ古い記事で、すっかり忘れてしまっているような記事に、アクセスが有ったりする。「エッ?」と驚くと同時に、「そう言えば・・・・」、記憶が蘇り、つい、自分もクリックし、改めて読み返してみたりすることがある。
先日、5年も前にブログ・カテゴリー「懐かしいあの曲」に書き込んでいた記事、「今週の明星」にアクセスが有ったことに気が付き、「おお!、懐かしい!」・・、早速、コピペ、リメイクしてみた。
そんな古い記事を、クリックひとつで引っ張り出して読んだり、加筆、訂正、修正、コピペ、リメイク等が出来るのも、ブログのメリット。従来の紙ベースの日記、日誌、備忘録、懐古録、雑記録の類では、絶対考えられないことであり、ブログを始める前までは、想像も出来なかったことである。今、出来ることは、やってみる・・、長生きした分、その時代を少しでも享受したいものだ等と、つぶやきながら・・・。


「今週の明星」のテーマ曲(再)

M男は、昭和20年代、昭和30年代、高校卒業まで、北陸の山村で、祖父母、父母、弟、妹、7人家族で暮らした。東側と西側に山が連なった狭い盆地で、その中央を日本海に向かって1本の川が流れ下っている、そんな鄙びた風景の農村だった。
戦後間もない頃のこと、暮らし向きが決して楽でなかったことは 子供心ながら分かっていて、中学3年では、最後の最後まで、高校進学さえも断念しようとしたことが思い出される。
戦時中に、家族全員で東京から疎開した父親の郷里で、どのような事情、経緯があったかは詳しく話してもらえなかったが、父親の生家の近くに仮設住宅に毛の生えたような粗末な家を建て、そのまま定住した地だったのだった。
冬期、日本海を渡ってくる冷たい北西の季節風や猛吹雪で、隙間風が容赦無く部屋に吹き込み、板戸、板壁のガタビシする音に恐怖を覚えたことも有る。

茶の間には、囲炉裏が有った。
法事や隣組の集会等が有る場合以外は、囲炉裏として使うことは無く、普段は塞いでいたが、冬が来る前には、必ずその囲炉裏に炭火の掘り炬燵が設えられ、茶の間の隅には、大きな炭火火鉢が置かれ、冬中、重要な暖房になっていた。
当然、食事も、家族全員が炬燵の周りに座り、炬燵が食卓に変わる。

冬期は、夕食後も座敷や父母の寝室に火鉢等暖房は無く、家族全員が茶の間の炬燵周りで過ごすことになる。ラジオしか無い時代であり、茶箪笥の上に鎮座した中古の真空管ラジオでラジオ放送を聞くのが、家族の唯一の楽しみだったのだ。
極めて電波の届きが悪い地域、地形だったため、かろうじて雑音混じりで聞けるのは、NHKラジオ第1放送だけで、当然聞ける番組は限られ、毎日、毎週、聞いていた放送番組等は、いまだに脳裏に焼き付いている。

その一つに、「今週の明星」という番組が有った。特に、その番組のテーマ曲が懐かしい。
今更になってネットで調べてみると 
「今週の明星」は、昭和25年(1950年)1月から放送が始まり、昭和39年(1964年)まで、毎週日曜日、14年間続いた人気の公開生放送ラジオ番組だったのだそうだ。
NHKテレビ放送開始された後も、日比谷公会堂からの公開ラジオ番組として、そのままテレビで中継放送したという。
番組のテーマソングが始まると、家族全員、ラジオに釘付けになったような気がするが、当時は 漫然と聴いていただけで、ちゃんと覚えていたわけでなく、改めて調べてみると、

「今週の明星」のテーマ曲は、
やはり当時よく聞いていたラジオ番組「とんち教室」のレギュラー出演者でもあった藤浦洸が作詞、「栄冠は君に輝く」等多数の名曲を残している古関裕而が作曲したものだった。
山村の現実の暮らしとはかけ離れた華やかさ、明るさ、浮き立つような元気さの有る歌声に、明日、将来を夢見ていたのかも知れない。

   輝きよ輝きよ 今宵また うるわしく
   若き夢と あこがれの 光のみほしよ

   夜空高く 愛の星は 若き胸に ささやき
   思いこめて しのびよるは 楽し 歌のみほしよ

貧しくても、家族が寄り添って暮らしていた時代だったような気もする。
わずか60年~70年前の話ではあるが、昭和は遠くなりにけり、昔、昔の話になってしまった。
家屋も、家族の形も、暮らし方も、生き方も、すっかり変わってしまった感が強いが、八十路超えの後期高齢者、咲きもせず枯れもしないで生きてきた。

NHKラジオ番組「今週の明星」のテーマ曲 (YouTubeから共有)

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ふっと思い出した故郷の言葉 No.85 「おまいちゃ」

2023年02月20日 10時15分38秒 | 懐かしい故郷の方言

昭和20年代から30年代前半、幼少期を北陸の山村で過ごした爺さん、当時 聞いたり、話したりしていた言葉(方言)も、ほとんど思い出せなくなっている。根っからの地元民ではなかった家族の中で育ったこともあり、身に染み込んでいなかったからだと思う。それでも 時々 何かのきっかけで ふっと思い出すことがある。記憶曖昧、多少ニュアンスが違っていたり、勘違いだったりの可能性も有りだが またすっかり思い出せなくなる前に 爺さんの引き出し、ブログ・カテゴリー「懐かしい故郷の方言」に、書き留め置くことにしている。


No.85 「おまいちゃ」

「お前達」「君達」等といった意味合いで、友達や仲間等、少しくだけた場合に使ったり、聞いていたような気がする。目上のの人等、丁寧に言う場合は、「あなた方」という意味合いの「おまんた」があり、使い分けしていたのかも知れない。

例えば

「オマイチャ ハヨイカント、チコクスルゼネ」
(お前達、早く行かないと 遅刻してしまいますよ)

「オマイチャモ ツイテコイヤ」
(君達も、ついてきなさい)


振り返り記事
ふっと思い出した故郷の言葉 No.50 「おまんた」
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