たけじいの気まぐれブログ

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「寄り合い家族」 No.006

2023年08月24日 14時33分52秒 | 物語「寄り合い家族」

第1章 「出会い」
(6)

やがて、その日がきた。くにと源吉は、早朝から落ち着かなかったが、町内会世話役の市和田春治がやってきて、居間にでんと座ってくれたところで、ようやく深呼吸し、心の準備も整った。
約束通り、10時を回った頃、木村助三郎が、木村甚一郎を伴って現れた。
くには、二人を玄関で出迎え、型通りの挨拶を交わした後、奥の居間に招き入れたが、すかさず、甚一郎を観察していた。長身で、にこやか、いかにもボンボンといった感じがする男だったが、どこか、自分の実の子供を他人に譲るという重大な話にきた緊張感が漂っていない風にも見え、一瞬目を疑ってしまった。
居間の前で、改めて挨拶をする甚一郎の表情は、むしろ明るかったのだ。この人は、我が子を、他人の養女に出す話に、辛くはないのだろうか?・・くには思うのだった。
「お初にお目にかかります。木村甚一郎と申します。千代子の父親でございます。この度は、千代子のことで、いろいろとお世話になり、有難うございます。よろしくお願い致します」
「さあ、どうぞ、お座りになって下さいまし・・・」
4人が、座布団に正座したところで、くにが、夫源吉と町内会世話役の市和田春治を紹介し、用意しておいた客用の湯呑にお茶を注ぎ、差し出した。
春治が話を進めてくれることになっていたので、くには控えたが、
「助三郎様から、お聞き及びかもしれませんが、どうして、こちらのくにさんが、千代子さんを養女に欲しいということになったかのいきさつを、もう一度、くにさんから、話してもらいたいと思いますが、よろしいでしょうか」と、春治が口を開いた。
「よろしくお願い致します」。甚一郎は、頭を下げ、春治に促されたくに、
何から話そうか、考えていたくにだったが、まずは、千代子と初めて出会った日のことから、次第に、千代子の事情を知るようになり、自分の子供が欲して仕方ないくにが、千代子を自分の子として育てられないものか考えるようになったこと、千代子に幸せな暮らしをさせてやりたいと思うようになったこと、子供好きな夫も同意していること・・・等々を、甚一郎に向かって、熱く語ったのだった。
「有難うございます。先日、従兄弟から、今のお話を聞きまして、誠にそのような温かいお方が、おられるのか、びっくりしまして、最初は信じられなかったんです。今日、直に、お話を聞いて、もう、有難い、有難いと思うばかりで・・・・、」
話の持って生き方の上手い世話役春治も、話に加わって、次第に打ち解けて、甚一郎のひととなりも一通り分かりかけてきたところで、甚一郎の正直な本音までも見えてきた。
甚一郎曰く、「突然妻を亡くして、にっちもさっちもいかなくなり、幼児の千代子を、子供が無い従兄弟夫婦に頭を下げて預かってもらったが、一時的と思っていて、成人するまで育ててもらうつもりではなかった」と。「かと言って、1日でも早く、自分が引き戻す気概も環境も整わず、暗中模索しているところだった」と。さらに、「目下、知り合いから、縁談の話が有り、再婚を考えている」と。
くには、直感した。
もしかしたら、後妻になる人との新たな暮らしに、前妻の子供が邪魔になっているのではないか、千代子を養女として引き取ってくれる者が現れたことは、甚一郎にとっては、渡りに船だったのではないだろうか、実の娘千代子と縁を切れば、再婚の話が進むのかも知れない・・、等々。
いろいろな事情が有ることは分かるが、なんと薄情な、身勝手な男なのだろう、くにの胸には、訝る感情が去来したのだった。

もっとも、千代子を養女にして、完全に自分の娘として育てたい、くににとっては、甚一郎のその薄情な身勝手な決断は、むしろ都合の良いことであって、じくじくと親子の付き合いをされるより、きっぱり縁を切ってもらい、他人になり切って、くにと千代子の前に現れないのが最良だと思えたのだった。
事実、その日も、甚一郎は、「千代子には会わない方がいいと思う」と言い、会わずに帰ってしまい、その後も、くには、千代子を養女にする手続き上、2~3回、甚一郎に会ったが、甚一郎は、千代子とは、一切会わないまま、父娘は別離したのだった。第二次世界大戦後、甚一郎は、晩年、郷里の松本郊外本郷村(現松本市)に帰り、居を構えたが、昭和30年代になってからのこと、くに、千代子と手紙のやり取りを開始し、その後、30数年振りに再会することになるのだが、それまでは、絶縁状態で、全く赤の他人だったのだ。

数日して、千代子が、くにの家にやってきた。ちょうど、向こう隣りの大工の松つぁんが、上がり框に座りこんで、くにと世間話をしているところだったが、もちろん、千代子がくにの養女になる話も、先刻承知しており、
「チヨチャン、オバチャンチの子になるんだってな、嬉しいかい?」、千代子は、はにかみながら 「うん」と答え、くにのうしろに隠れた。親戚の家に預けられ、つらい思いをしていた千代子、助三郎から、「あのおばちゃんちの子になりたいか?」と問われ、迷わず「うん」と答えた千代子、実際に、いつから、くにの家で暮らせるようになるのかは分からなかったが、あどけない顔には、嬉しさが溢れていた。

「自分の子供が欲しくて仕方の無かったくに」、「自分の子供を手放したいと思っていた甚一郎」、まるで、猫の子を譲り渡しするが如く、千代子は、1年前までは、全く他人だったくにに引き取られることに決まり、その年の年末、諸々の手続きが終わり、正式に、くにの養女になり、名前も、「木村千代子」から「石澤千代子」となったのだ。千代子は、赤ん坊の時に、実母と死別、預けられた家では、冷たくされ、それまで、「おかあさん」と呼べる人が無かった分けだが、「おばちゃん」と呼べる人が現れ、しかも、初めて、「おかあさん」と呼べる人が出来たのだ。千代子、満5歳の大きな運命的な出来事だった。
こうして、千代子は 戸籍上の父母木村甚一郎、よ志とは、事実上縁を切り、赤の他人となり、血の繋がりのない新しい父母、石澤くに、阿藤源吉の娘として生きることになったのだった。

(つづく)


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