図書館から借りていた 諸田玲子著、「奸婦にあらず」(日本経済新聞社)を、やっと読み終えた。ふっと手を伸ばして読み始めたものの、分厚い長編時代小説、ぐいぐい引き込まれながらも梃子摺り、返却期限までに読み切れず、2回も借り直し、1ケ月以上掛かってしまったが、なんとか読み終えた。なかなか読み応えの有る作品である。
(目次)
「後朝」「試練」「羅漢三様」「からくり」「師弟」「春愁」「炎暑」「ツワブキ」「湖畔」「世子」「同志」「愛憎」「再会」「激流」「裏工作」「大獄」「桜田門」「暗転」「悪夢」「弁天」
激動の幕末の裏面史で暗躍した実在の人物だった村山たか(たか女)を主人公にした、史実とフィクションを巧みに絡めた歴史小説だが、旧彦根藩主の14男として生まれ、文武に秀でた井伊直弼が やがて藩主となり、大老となり、「尊王攘夷派との対立」「ペリー来航」「安政の大獄」、桜田門外で暗殺されるまでの時代背景が事細かく描かれていて、ある意味、大河小説とも言える。
主人公のたか(たか女)は、多賀大社の巫女だった母と上人の子だったが、多賀大社の防人(密偵、スパイ)として育ち、彦根藩井伊家へ、密偵として送りこまれる。藩主直亮の横暴から逃れたたかは、京で芸妓(村山可寿江)となり、その後、多賀大社に呼び戻され、今度は、粗末な埋木舎(うもれぎのや)で孤独に暮らす旧藩主の14男、直弼のもとへ、密偵として送り込まれるが、28歳のたかと22歳の直弼は、身分、立場を越えて恋に燃え上がってしまうところから、物語が始まっている。
「うちは若君はんのためだけに生きとおす」、お互いに、身分、立場違いの一途な恋情を秘めて、幕末を生きた井伊直弼とたか、美貌と才気を備えたたか(たか女)は 「自分は弁天の申し子」であると信じ、直弼死後、捕らわれたが生き延び、尼、妙寿院となり、時代は明治へ、たか(たか女)の激しくも数奇な生涯が描かれている。
この物語には、たか(たか女)、直弼の他、もう一人重要な人物が登場する。実在の人物だった、国学者長野主膳(長野義言主馬)である。紀伊家和歌山藩の密偵でもあったが、たか、直弼、主馬は 「同志」を誓い合い、井伊直弼と師弟の契を結び暗躍。直弼が暗殺された後には、斬首刑となってしまう。物語の舞台も、近江、彦根、琵琶湖、京、御所、江戸、和歌山、奈良、三重・・・、作者の精力的、きめ細かい資料集めで、地理的な展開、情景描写も興味深い、第25回新田次郎文学賞受賞作品だ。
まだ読んだことは無いが 舟橋聖一著 「花の生涯」も 本書と同様、井伊直弼、長野主膳、村山たかを主人公にした物語なのだそうで、視点が変われば、また味わいも違うはず、いずれ読んでみたいと思っているところだ。