隠されている答えのない真相
* * * * * * * *
サラ・ウォーターズの新作。
やっと読むことが出来ました。
時は第二次世界大戦終結後間もない頃。
かつて隆盛を極めたエアーズ家。
その、ハンドレッズ領主館が舞台です。
エアーズ家はかつての面影もなくすっかり没落し、
経済的にも逼迫しています。
それと合わせてその壮大な屋敷も、手入れが行き届かないまま、荒れ果てるばかり。
そこに住むのはエアーズ家の若き当主ロデリック。
その姉キャロライン。
この二人の母アンジェラ。
そして飼い犬ジップ。
住み込みのメイド、ベティと通いの家政婦が一人いるだけ。
そんなところへ、このストーリーの語り手であるファラデー医師が、
たびたび訪問し、この一家と親しくなっていきます。
彼の母が昔この家で働いていたことがあり、
この豪華で壮大なお屋敷は、彼の子供の頃のあこがれだったのです。
しかし、エアーズ家があまりにも貧窮し、侘びしい生活をしているのを見かねて、
時々立ち寄り様子を見に来る。
実はちょっぴりキャロラインのことが気になってもいるようなのですが・・・。
でもこれはサラ・ウォーターズですから、単なる斜陽の一族とそのロマンス
・・・のわけがありません。
さっそく一つの事件が起こります。
珍しく人を招いてお茶会を開いたその日。
なんと、あの実に人なつっこくおとなしい老犬のジップが、
ゲストの小さな娘の頬に噛みついてしまったのです。
噛みちぎられる寸前、頬がべろんと垂れ下がるほどの・・・。
犬が何かに驚いたとしか思えない、信じがたいことだったのですが。
こうなってしまってはこのまま犬を飼い続けるわけに行きません。
泣く泣く犬を処分しなくてはならないことに・・・。
でもこれはこの家の悲劇のほんの始まりに過ぎなかったのです。
まだほとんど子供のようなメイドのベティはいいます。
「この家には何かがいる・・・。」
悪意ある何者かが、この家にとりついているとでも言うのか・・・。
好青年のロデリックは次第に精神に異常を来たし、母もまた・・・。
読んでいくうちに、この話は一体どのように帰着しようとしているのか、
解らなくなってきます。
これは何かの「魔」がもたらすホラーなのか。
それとも、ポルターガイストのような超常現象の話なのか。
いやいや、やはり誰かの陰謀なのか・・・。
どこかに落とし穴がありそうで、つい疑心暗鬼に駆られてしまいます。
もちろん、この気の毒な一家の行く末が気がかりで、ページをめくる手も早まる・・・。
そしてまた、怖かったのです、非常に!!
特に、エアーズ夫人が、ずっと使われていなかった3階の子供部屋に入るシーン。
そこは幼くしてなくなった第一子スーザンの部屋。
そこで起こったことは・・・。
う~ん、こんな大きくて崩壊寸前の屋敷に住むなんて・・・。
信じられません。
しかもお金がなくて電気もストップとなれば・・・。
不気味過ぎます。
とにかくそういう陰鬱な“滅び行くものの美”という雰囲気が、嫌というほどたっぷり。
そして、最後まで読んでまた愕然としてしまいます。
これはたしかに、滅び行くものの物語。
それ以上でもそれ以下でもない。
ただそれだけなのですが・・・。
でも、ここにはどうも、あえて書かれていない真相がありそうなのですね。
答えがない。
だからこそ余計に気になってしまって、いつまでも考え込んでしまう。
そういう企みに満ちたストーリーです。
まあ、それをここにくどくど書いてしまうのは興ざめというものですから、
是非ご自身で読んでみていただきたい。
翻訳物でもすごく読みやすいですし、
とにかく先が気になって止められない。
余談ですが、私、
この家の愛犬ジップが死んだ後の下りに、やたらと感情移入してしまったんです。
まあ、私も犬を失って間もないこともありますが。
いつも足元をとことこついてきた、愛すべき存在がなくなった後の喪失感。
もういないのに、ふと、チャカチャカと犬の爪が床にあたる音が聞こえるように思ったり、
目の隅をちいさな影がよぎったり・・・。
それは確かに私も経験したことなのです。
きっと著者も、愛犬を亡くした経験があるに違いないと確信しています。
「エアーズ家の没落 上・下」サラ・ウォーターズ 創元推理文庫
満足度★★★★★
エアーズ家の没落上 (創元推理文庫) | |
中村 有希 | |
東京創元社 |
エアーズ家の没落下 (創元推理文庫) | |
中村 有希 | |
東京創元社 |
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サラ・ウォーターズの新作。
やっと読むことが出来ました。
時は第二次世界大戦終結後間もない頃。
かつて隆盛を極めたエアーズ家。
その、ハンドレッズ領主館が舞台です。
エアーズ家はかつての面影もなくすっかり没落し、
経済的にも逼迫しています。
それと合わせてその壮大な屋敷も、手入れが行き届かないまま、荒れ果てるばかり。
そこに住むのはエアーズ家の若き当主ロデリック。
その姉キャロライン。
この二人の母アンジェラ。
そして飼い犬ジップ。
住み込みのメイド、ベティと通いの家政婦が一人いるだけ。
そんなところへ、このストーリーの語り手であるファラデー医師が、
たびたび訪問し、この一家と親しくなっていきます。
彼の母が昔この家で働いていたことがあり、
この豪華で壮大なお屋敷は、彼の子供の頃のあこがれだったのです。
しかし、エアーズ家があまりにも貧窮し、侘びしい生活をしているのを見かねて、
時々立ち寄り様子を見に来る。
実はちょっぴりキャロラインのことが気になってもいるようなのですが・・・。
でもこれはサラ・ウォーターズですから、単なる斜陽の一族とそのロマンス
・・・のわけがありません。
さっそく一つの事件が起こります。
珍しく人を招いてお茶会を開いたその日。
なんと、あの実に人なつっこくおとなしい老犬のジップが、
ゲストの小さな娘の頬に噛みついてしまったのです。
噛みちぎられる寸前、頬がべろんと垂れ下がるほどの・・・。
犬が何かに驚いたとしか思えない、信じがたいことだったのですが。
こうなってしまってはこのまま犬を飼い続けるわけに行きません。
泣く泣く犬を処分しなくてはならないことに・・・。
でもこれはこの家の悲劇のほんの始まりに過ぎなかったのです。
まだほとんど子供のようなメイドのベティはいいます。
「この家には何かがいる・・・。」
悪意ある何者かが、この家にとりついているとでも言うのか・・・。
好青年のロデリックは次第に精神に異常を来たし、母もまた・・・。
読んでいくうちに、この話は一体どのように帰着しようとしているのか、
解らなくなってきます。
これは何かの「魔」がもたらすホラーなのか。
それとも、ポルターガイストのような超常現象の話なのか。
いやいや、やはり誰かの陰謀なのか・・・。
どこかに落とし穴がありそうで、つい疑心暗鬼に駆られてしまいます。
もちろん、この気の毒な一家の行く末が気がかりで、ページをめくる手も早まる・・・。
そしてまた、怖かったのです、非常に!!
特に、エアーズ夫人が、ずっと使われていなかった3階の子供部屋に入るシーン。
そこは幼くしてなくなった第一子スーザンの部屋。
そこで起こったことは・・・。
う~ん、こんな大きくて崩壊寸前の屋敷に住むなんて・・・。
信じられません。
しかもお金がなくて電気もストップとなれば・・・。
不気味過ぎます。
とにかくそういう陰鬱な“滅び行くものの美”という雰囲気が、嫌というほどたっぷり。
そして、最後まで読んでまた愕然としてしまいます。
これはたしかに、滅び行くものの物語。
それ以上でもそれ以下でもない。
ただそれだけなのですが・・・。
でも、ここにはどうも、あえて書かれていない真相がありそうなのですね。
答えがない。
だからこそ余計に気になってしまって、いつまでも考え込んでしまう。
そういう企みに満ちたストーリーです。
まあ、それをここにくどくど書いてしまうのは興ざめというものですから、
是非ご自身で読んでみていただきたい。
翻訳物でもすごく読みやすいですし、
とにかく先が気になって止められない。
余談ですが、私、
この家の愛犬ジップが死んだ後の下りに、やたらと感情移入してしまったんです。
まあ、私も犬を失って間もないこともありますが。
いつも足元をとことこついてきた、愛すべき存在がなくなった後の喪失感。
もういないのに、ふと、チャカチャカと犬の爪が床にあたる音が聞こえるように思ったり、
目の隅をちいさな影がよぎったり・・・。
それは確かに私も経験したことなのです。
きっと著者も、愛犬を亡くした経験があるに違いないと確信しています。
「エアーズ家の没落 上・下」サラ・ウォーターズ 創元推理文庫
満足度★★★★★